【4942・43号】伝道報告 戦後の佐世保に繰り広げられた奉仕と伝道のわざ ワールドミッションと光の子福祉会と東部伝道所

いろいろ問題を抱えながらも、戦後の佐世保の町はアメリカ海軍の佐世保基地とともに歩んできたといえるでしょう。1950年代に、休戦協定が結ばれて朝鮮戦争が一応の終結を見るとともに、町には帰還したアメリカ軍兵士があふれました。同時に、日本女性との間に子供がたくさん生まれたのです。

この状況を知ったアメリカの「ワールドミッション・トゥ・チルドレン」という宣教団体が、この子どもたちの養育とキリスト教伝道のために、宣教師を派遣してきました。

この活動は2001年まで続けられ、約100人に及ぶ子供たちを引き取って養育し、成人前に多くはアメリカの家庭に養子として送り出されました。また佐世保はもとより、周辺の町々、さらに佐賀、唐津、長崎などに伝道を展開し、教会を生み出しました。

ワールドミッションの母体となったアメリカの教会は、いわゆる福音派といわれるプロテスタント教会でした。日本基督教団などのNCC関係の教会とは一線を画し、独自の教会活動を繰り広げたのです。

やがて、子供たちも成長し、また日本社会も落ち着いてくるとともに、活動は徐々に縮小され、20年前に全活動を停止するに至りました。

今から50年近く前、ワールドミッションの成果の一つ、早岐キリスト福音教会の牧師であった河野敬一は、近くのパン工場でアルバイトをして資金を蓄え、自宅を購入して保育園を開きました。何か社会のニーズにこたえる道はないか、と模索を重ねたうえでの決断でした。ちょうど時は、第2次ベビーブーム下でした。

数年たったある夏休み、河野がアルバイトをしたあのパン工場の駐車場で、かくれんぼをしていた小学生たちが、逃げ込んだパンの配送車の中で熱死するという痛ましい事件が起こりました。あいにくその小学生は当保育園の卒園生でした。河野は、すぐに園の一角で学童保育を始めました。

1994年には学校法人を設立して幼稚園を、1997年には老人問題が次の大きな課題となることを見越して、ケアハウスを始めました。こうして今では乳児保育園から学童クラブ、認定こども園、ケアハウス、特別養護老人ホーム、グループホームなどを運営するようになりました。いずれも、町の人たちのニーズを聞いた結果です。

2018年5月の九州教区総会において、佐世保東部伝道所開設の議案が、全会一致で可決されました。これら信仰の証しとして続けられてきた社会福祉法人、学校法人の伝統を継承し、次の時代を担う人材を育てることが目的です。併せて佐世保市には教団の教会は2つありますが、いずれも旧市街に位置し、郊外地である当早岐地区には教会はありません。地域に立つ第3のローカルチャーチとして、地域に福音の種をまくことです。

佐世保東部伝道所牧師 末瀬昌和

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