【4942・43号】新春メッセージ 「神の時」に生かされる 詩編90編9節〜12節 石橋秀雄

「人の時」に生きる者の虚しさ

新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化し不安と恐れが膨らむ中で新しい年を迎えた。新年の挨拶も力が入らない。

越谷教会の新年最初の礼拝後、礼拝堂の真ん中の通路を挟んで向き合い新年の挨拶をするのが恒例となっている。今年は「主にあって新年おめでとうございます」と特に力を込めて挨拶をした。「主の時」、「神の時」の支配の中にある一年の歩みが始まるのだ。

新型コロナ感染の不安と恐れを吹き飛ばす希望が「神の時」に生きる者に示される。

神は時を超え、時を支配される永遠なる存在者だ。この神の前に人間は「塵」に過ぎない。神が人を塵に返し、「人の子よ、帰れ」(詩90・3)と仰せになったら、あっけなく死んでしまう存在だ。

神の「御顔の光」(8)の中に置かれたらその罪が暴露され、「わたしたちの生涯は御怒りに消え去り 人生はため息のように消えうせ」(9)る。

「人の時」に生きる者の虚しさ、儚さが記される。「人の時」は「得るところは労苦…瞬く間に時は過ぎ、わたしたちは飛び去」(10)る。

「人の時」から「神の時」へ

詩編90編は葬儀の時によく読まれる。昨年の9月、越谷教会のある信徒が79歳で召された。葬儀の聖書の御言葉として「詩編90編9〜10節」をとの希望が出された。

彼の前半生は輝ける人生の歩みに見えた。

彼は山登りを趣味としていると聞いていた。しかし、彼の学生時代の写真を見て驚いた。その写真は絶壁でロープにぶら下がっている写真だった。学生時代からロッククライミングの部活に入り岩にハーケンを打ち付けて登って行く。強靭な肉体と精神力がなければできない命がけのスポーツに思える。

彼は、このロッククライミングのように命をかけて、その能力と精神力で絶壁を登るように人生を切り開いて来た。彼は、自信あふれる「彼の時」を生きていた。

新聞記者をしながら、司法試験に挑戦して合格。妻は越谷教会の長老で月報「みつばさ」の担当をしていた。新聞記者なので、「原稿の校正」を手伝ってくれたが、キリスト教は大嫌いだった。キリスト教が嫌いというより「神頼み」が大嫌いだった。自分の人生は自分の力で切り開くものと思っていた。

ところが、絶壁を登っていて、突然ロープが切れて真っ逆さまに転落するような絶望を味わった。1995年、腎がんに侵され「余命6カ月」と医師から宣告されたからだ。病室で同じ病気の患者と友達になった。この患者が自分の目の前で死んでいった。

彼は自分の心の中を隠さない、率直で純真なところがあった。牧師館に飛んできて私に言った。「牧師!死にたくない!恐ろしい!聖書を教えろ!」、強い言葉で訴えられた。この訴えは、ロープが切れて谷底に落ちて行く絶望の叫びに聞こえた。

「自分がこんなにだらしない人間だとは思わなかった」と自分の弱さに打ちのめされていた。彼を救ったのは、妻の祈りだった。妻に祈られると心が落ち着いた。毎朝、彼の妻は聖書を読み、祈って夫を会社に送り出した。彼の口から「感謝」という言葉が出た。「生きているのではなくて生かされている自分」に気づいたからだ。

彼は洗礼を受け、「神の時」に生きる者として導かれた。彼は会社を辞めて、司法書士事務所を東京に開設した。この時、第4腰椎にがんが転移した。このガンが転移する痛みの中で事務所を開設した。

自分の弱さを思い知った彼は、借金まみれになり人生に破綻した人々に寄り添う仕事を始めた。名古屋に住む借金まみれで行き詰まった人から電話の相談を受け、車で名古屋に行き、その人の生きる道を切り開き、越谷に帰ってきた話を聞いた。

十字架と復活によって

彼は自分に正直だ。心の中の葛藤を隠さない。1995年のことだ。土曜日、自宅で説教の準備をしていたら、「おい牧師はいるか」と、彼が酔っ払って家に上がりこんできた。「牧師、ビールを飲ませろ」、他のところで飲んできて、その勢いで私のところに来た。

居間に上げてビールを出した。「おい牧師、一緒に飲もう」と一緒に飲むのが当然という態度だ。彼は「おい牧師、俺は医者の話では、3年前にくたばっていたんだ。それが、まだ生きているぞ。俺は牧師の説教で生きている。明日シッカリ説教しろよ」とハッパをかけられた。

彼はガンが転移していく痛みと命の不安を隠さない。程よいところで彼の家に電話した。彼の妻が大慌てで迎えに来た。翌日の礼拝は妻に酷く叱られたらしく、シュンとしていた。

「余命6カ月」と宣告されて6年目に「6年生きてるぞ、牧師、俺がくたばったら頼むぞ」と私の家に上がり込んで話して言った。

その後、東京の事務所で仕事をするのが難しくなり、自宅に司法書士事務所を開設した。がんが転移して壮絶なガンの痛みと闘いながら、借金で人生を破綻した人の弱さに寄り添う仕事を最後までなし続けた。

「余命6カ月」が25年「神の時」に生かされた。歩ける時は聖書研究・祈祷会に夫婦でやってきて、会が盛り上がった。

彼は「分からないことは分からない。信じられないことは信じられない」と率直に発言する。そしてみんなで話し合う。最後には「分かった」と言って顔を輝かして帰る姿に励まされた。

「生まれたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい」(一ペトロ2・2)。この御言葉は、彼が召された次の日曜日に与えられていた御言葉だった。

ガンが転移していくにしたがって信仰が純化していった。「混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい」との御言葉のごとく「混じりけのない霊の乳」をいただき、復活の命の世界につながる希望に生かされた。

「彼の時は余命6カ月」。「人の時は6カ月」、この「人の時」から「神の時」に生かされて25年生かされた。まさに奇跡だ。25年間生きたことが奇跡ではない、「神の時に生かされたこと」が奇跡だ。死の直前まで、人生が破綻した人の痛みに寄り添い、「知恵ある心」(12)をもって生き、召されていった。

主イエスの十字架と復活によって「人の時」が打ち破られて、罪が赦されて、神の時に招き入れられた。この「神の知恵」の内にあって、主の憐みに包まれた時に生かされることが奇跡だ。

身体はやせ衰えて行く。しかし、平安で包まれていた。「お風呂に入れた時に乳飲み子のように妻の支えの中で気持ちよさそうに浮いていた」と聞かされた。「乳飲み子のように」、復活の主に委ねきる平安に包まれていた。

新しい年の歩みは、社会が、私たちの生活が不安や恐れに包まれる状況にあっても、「神の時」に生かされる希望に満ちた歩みだ。

(越谷教会牧師)

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