新型コロナウイルス感染症が世界中に広がり、今やアジアだけでなくアメリカもヨーロッパ諸国もパンデミックの様相を呈し、非常事態になってきた。東京オリンピックも1年延期に。すべての社会が対応に追われる。混乱と不安は教会をも直撃して、礼拝やすべての集会を休止のところも。
教会の集まりは、狭い空間に人と人が近い距離で、互いに挨拶を交わし、賛美を高らかに歌う。警戒体制を取らなければならないのは当然。このような状況に即して教会は新たなメッセージを発信する必要が生じている。ここ暫くの期間、緊急の場合を除いて教団・教区レベルの委員会や集会はキャンセルまたは延期、今後予定されている各教区総会、教団総会開催も課題となる。
このような疫病によるパンデミックの現実に直面する時、キリスト者の存在が疫病に例えられたことがあったことを思い出す。使徒言行録にはパウロのことを「この男は疫病のような人間で…」と語っている。なるほど、疫病も福音も、人から人への猛烈な伝播力をもっている。それによって世界中が危機を経験し、世界の在り方を変えるよう迫られる。しかし、両者の決定的違いは、疫病は人と人とを切り離し疎外させるが、福音は人と人とを結びつけ一つの体に造り上げる。また疫病は死をもたらし、福音は永遠の命へと導く。
さて、今日の私たちキリスト者は、福音をどこで証し、その猛烈な伝達力をどこで発揮すべきか。
(教団総幹事 秋山 徹)