【4660号】荒野の声

 

▼中島敦の「名人伝」、掌編の終わりの方を、少しだけ引用する。「至為は為す無く、至言は言を去り、至射は射ることなし」。▼機織(はたおり)台に潜り、眼の前を往来する機躡(まねき)を決して瞬かずに見詰め、また軒に吊した虱を飽かず見詰めるというような修行を経て、名人の域に達した主人公紀昌は、単なる道具に過ぎない弓矢を最早必要とはしなくなる。彼は眼力だけで飛ぶ鳥を落とすことが出来る。「賢い渡り鳥共は彼の家の上空を通らなくなった」。▼遂には、「ある日老いたる紀昌が知人の許に招かれて行ったところ、その家で一つの器具を見た。確かに見憶えのある道具だが、どうしてもその名前が思出せぬし、その用途も思い当らない。老人はその家の主人に尋ねた。それは何と呼ぶ品物で、また何に用いるのかと」。▼そして、末尾の部分、「その後当分の間、邯鄲(かんたん)の都では、画家は絵筆を隠し、楽人は瑟(しつ)の絃を断ち、工匠は規矩(きく)を手にするのを恥じたということである」。▼現代の教会は、紀昌のような名人で溢れているのだろうか。教会を会場にし様々な社会活動や文化活動が行われ、政治的な集会さえ持たれる。それは良いとしても、聖書を開かない集会が増え、聖書を手にしないで説教する説教名人が現れているのではないか。

 

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