【4870・71号】人ひととき 宮島アトゥ- インドからやって来た牧師夫人

 世界第5位の面積を持つインドは、世界有数の多言語の国である。公用語ヒンディー語に、17の地方公用語、各地の方言。「共通語は英語」と良くいわれるように、今でも英語を補助公用語としている。

 多言語の国は、言語感覚に鋭い人を輩出する。インド東北部コヒマ生まれの宮島アトゥーさんの話す日本語を、音声だけ聴いたら、まず外国人と思わないだろう。その話す力の確かさには多言語地域の生み出す天性のものがある。

 アトゥーさんは、大学卒業直後の93年、アジア学院(栃木)にやって来た。そこで出会ったのが、ボランティアとして、働いていた牧人氏だった。教師役と生徒といっても、同年生まれの若い二人は、恋に落ちた。アトゥーさんが結婚を決意した時、牧人氏は岩手のカナン学園に勤務しており、アトゥーさんは、来日2番目の居住地を岩手に移して、新たな生活を始めた。

 その2年後、牧人氏は召命の心につき動かされ、住まいを横浜に移し、日本聖書神学校に入学した。神学校時代のの4年間、「彼女は、出産と子育てで奮闘していた」(牧人氏)。牧人氏は05年、茨城牛久教会に赴任し、アトゥーさんの牧師夫人としての生活が始まった。12年、牧人牧師は、1910年創立の原町田教会(東京都町田市)に転任した。アトゥーさんにとって、来日4つ目の居住地となる。

 夫妻は2人の女の子を授かったが、アトゥーさんは、自分が育ったように、2人を寮制のインターナショナル・スクールに入れた。アトゥーさんに暇が生じたかというと、横浜時代からの教会幼稚園総勢400人の世話が今も続いており、月曜から金曜は横浜で働き、土・日と町田の教会学校の面倒を見る。人気の秘密は、「英語で聖書を読む会」で、大忙しの毎日を過ごしている。「うちは、テレビ持っていない」とアトゥーさんは、笑った。

1972年、インド・ナガランド州コヒマ生まれ。西東京教区原町田教会員。

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