【4839・40号】教団は伝道をどう進めて行くか 宣教方策会議開催される

 3月7日、8日、富士見町教会を会場に、宣教委員会主催・宣教方策会議が開催された。主題は「日本基督教団は伝道をどう進めて行くか」。前回の開催予定年(14年)は、東日本大震災国際会議に合流したため4年ぶり、17回目になる。教区、関係神学校、教団各委員会、宣教研究所、出版局、年金局、部落解放センター、自主活動団体、日本キリスト教社会事業同盟、宣教協力学校協議会それぞれの代表者、および教団四役、自主参加者、計83名が出席した。発題、パネルディスカッション、講演、分団、全体協議を行った。

 開会礼拝では、一ヨハネ1・1〜4をテキストとして石橋秀雄議長が御言葉を取り次いだ。「伝道が教団にて議論されることを感謝する。伝道理解の違いが一致を崩すゆえ信仰の一致による伝道協力を訴えてきた。教団信仰告白の礼拝と愛の業は一体の関係にある。しかし順序が重要。愛の業が第一の業となるなら教会が疲弊し崩れてゆくのではないか。愛の業として社会活動は尊いことだが、愛の業が第一となるなら主の御体なる教会を建てることは後退、教会にしか与えられていない命と力を失い衰退する。

 ヨハネの手紙にて命の言葉が示される。主イエスはどなたであるかを告白することで教会は建ちもし倒れもする。教会は命の言葉を知り、命に繋がる喜びの満たされるところ。命の言葉は主イエス・キリストである。教会に託された第一の使命は、共通の信仰が中心にある交わりを持つことである。御父と御子の交わりと、洗礼と聖餐により主と一体となる信徒の群れが教会である。人の言葉による感動は虚しく、主と一体になる喜びはあり得ない。教会は御言葉を語る。

 議長として『伝道に熱くなる教団』を掲げたとき、使徒言行録の記すパウロのエフェソ伝道が心にあった。熱心に御言葉が語られ聞かれ、復活の主の命をいただく。『伝道に燃える教団』となって日本社会に主の言葉が広がり力を増したと言えるよう、疲れ苦しむ人たちが喜びに溢れる者となるため、わたしたちとの交わりを持ってくださいと伝道し、福音を全力で語る教会となることが求められている」。

 主催者挨拶として米倉美佐男宣教委員長は、「主題に込めたのは、伝道を進めることで一致したいとの思いと、一方、現在、一致はないという意識である。伝道について議論するより、具体的にどうするかを考えたい。いろいろな立場のパネラーに依頼し、日本伝道開始のときから抱えてきた問題を今どのようにしたらよいのか、それぞれに考え方を出し合い、やっていけることを見出すことが願いである。もはや日本伝道は教団だけではなく諸教派と協力しなくてはならない。なぜ日本でキリスト教が広がらないのかも考えなくてはならない。今きちんとしたものを残し次に続けなくてはならない」と述べた。
(新報編集部報)

 

発題

それぞれの立場からの発言

 第1日目には、主題である「日本基督教団は伝道をどう進めて行くか」に即す形を取りつつ、4名が発題を行った。

 松沢教会牧師・北紀吉氏は、「かつて宣教の課題という言葉が盛んな時、伝道は個人の思想信条を侵害する悪とされた。教会も権力とみなされ、教会の秩序は解体へと向かい、教勢は著しく低下した。その中で、教会の使命としての伝道が改めて問われた。個人や組織に主権を置かず、神に主権を置き、仕えることで個人も組織も自らの使命を果たせる」と述べた。

 また、今後の課題を、①十字架の福音に固く立つ教師養成、②各個教会の自主性を育むこと、③福音主義と簡易信条を擁す教団の特徴を認識し、共通の信仰に基づく一致の再結集、④関係学校、諸団体との協力関係強化、⑤全国信徒会などの伝道する自主活動団体の育成と連携しての伝道を挙げ、「伝道への有機的な・総合的な取り組みが今求められている」と述べた。

 函館千歳教会牧師・柴田もゆる氏は、「21世紀に入る頃から、伝道という言葉が盛んに用いられ始めたが、教勢の問題と絡めて伝道を語ることには抵抗がある」と述べた。

 また、「教団が教会であることは認めるが、各個教会と違い、教団は信徒を擁さず、毎週礼拝を行わないので、教団が伝道するという言い方に疑問を感じる。具体的には、伝道という言葉のもとで一元化の傾向があり、地方の課題が置き去りにされていないだろうか。伝道資金制度も、改訂宣教基礎理論も、事が性急に進みすぎていないか。今こそ、互いの違いを認め、出発点にしてほしい」と語った。

 東京基督教大学教授・山口陽一氏は、「教団の外から見て日本の伝道をどうしたらよいかという点と教団との連携をくむことができる提案」を依頼されたことを述べ、同封されていた第2次改訂宣教基礎理論に基づいて、福音派の視点での発題をし、「第2次改訂宣教基礎理論の基本線は、教団にとっても、他の教派との協力を推進するにあたっても重要なもの」と語った。「ただし、戦時下からの歴史的コンテキストが薄く、特に抵抗権(政治的神奉仕)をより明瞭にすべきではないか。日本キリスト教史の教訓を捨象せず、『抵抗権』が明示されることを望みたい」と述べた。

 教団宣教師・ナグネ氏は、課題を国内だけの問題として捉えず、世界宣教的状況の中でとらえることを説き、健全な聖霊信仰の中で統全的な理解の必要性があることを語った。現在の状況を教団全体で悔い改めて祈ることを求め、大祈祷集会を行うことを勧めた。「愛なくして伝道なし、宣教もなし」、「伝道即宣教、宣教即伝道」と利己的ではなく、利他的な愛に生きることを訴えた。(佐藤 進報)

 

講演

日本キリスト教史について問う

 宣教方策会議2日目は、筑波大学名誉教授・大濱徹也氏による講演から始められた。「日本キリスト教とは何であったか・歴史として問い質す」と題された講演の要旨は次の通りである。

⑴現在、キリスト者は何を思い描き、明日の宣教を目指そうとしているのか
 昨今の教会が発する言説に、キリスト者として信仰的実存をかけた問いがどれだけ見られるか。世間の声明類と同じ地平のものに過ぎず、信仰のありかが読みとれない。ここに教団の澱みが見られるのではないか。

⑵視点をどのように設定するか-歴史、時代を読み解く作法とは
 主イエス・キリストは信仰の大義を掲げるのではなく、小さな者に寄り添い個別的な場から問いかけた。この視点に立ち、時代を想起し読み解き、歴史を創造すべき。

⑶日本キリスト教史はどのように読み解かれたか
 過度な神学的課題意識、ある種の政治神学に寄り添う現在の場から、過去を断罪して事足れると考えた。そこには共産党が説く前衛神話と同じような世界を読み取ることができる。

⑷日本のキリスト者はどのような存在であったのだろうか
 日本のキリスト教指導者層は、攘夷の志の中でキリスト教を受け入れており、排外、愛国主義の傾向が強く、村落の共同体にどっぷりつかっている民衆以上に、国家の忠実な僕だったと考えられる。

⑸「国体」「天皇制」をめぐる相克
 天皇制とは何なのか等の歴史検証をせず、また、殉教者がなぜ国家と対峙したのか、そこにある信仰とは何だったのかを問わずに、単なる殉教者の英雄談のみで対国家が語られるような状況がある。

⑹現在、大地の場から日本の教会を問い質すために
 もっともらしい言説を飛び交わせながらなされる空中戦ではなく、他者の信仰に対する共鳴を持ちつつ、大地に這いつくばって生きる教会員の呻きに寄り添う「私」の言葉を教会が語ることが必要。
(小林信人報)

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