【4838号】イースター メッセージ いつまでも残るもの 大澤 宣

はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。 《ヨハネによる福音書 12章24節》

ワークキャンプの思い出

 転任のために荷物を整理していたら、古いワーク・キャンプの資料が出て来ました。

 以前働かせていただいた教会で、特別伝道集会があって、T牧師に説教に来ていただきました。T牧師はある伝道所で主任教師として働いておられましたが、その伝道所は、いわゆる「しょうがい」をもつ人たちも「健常者」といわれる人たちも、共に生きる教会を目指して活動しておられました。

 聖書の言葉は、私たちに強くなれとは言っていない。私たちに弱くなるようにと言っている。弱い者たちが集まって輝くようにされているのだ。

 これから伝道所の庭を使って、シイタケを作りたいと思っている。「しょうがい」を持つ人もそうでない人も、一緒に働くことが出来る場所を作りたい。そして、誰もが輝いて、うれしい思いになる伝道所にしたい。

 そのように熱く語られたT牧師の話を聞いて、それまでの私が持っていなかった発想に心を動かされました。「ぜひ、うちの伝道所に来てください。そしてワーク・キャンプをしてください」。

 そう言われて、「ぜひとも、行かせてください」と言ったのですが、かなり離れたところでしたので、すぐに行くことは難しいことでした。それでも、教会の方たちの応援をいただいて、青年の方たちと共にその伝道所に出かけていくことが実現したのでした。

 私にとっては初めて行く土地でした。すぐに伝道所の信徒の方たち、近隣の教会の信徒、教師の方たちが集まってくださり、これまで地域の教会、伝道所が課題として取り組んでこられたこと、平和を実現するための取り組み、教会、伝道所が連帯して共に歩んでいこうとしておられる歩みを教えていただきました。

 それと共に、その伝道所が持っておられる夢について語っていただき、私は来ることが出来て良かったと思いました。

 作業の手順を教えていただきながら、伝道所の庭に、シイタケ栽培のためのビニールテントを建てます。シイタケの菌を植え付けた「ホダ木」を水につけるための水槽を作りました。

 慣れない作業に手こずりながらも、テントが建ち、水槽が出来上がりました。シイタケの菌を植え付けた「ホダ木」を水につけ、テントの中に並べて、私たちの作業は終わりです。あとはシイタケが芽を出すのを待つばかりでした。

 ほんの数日の作業でしたが、その間、伝道所の方たちにすっかりお世話になり、ジンギスカンもいただいて、楽しく、有意義な時間を過ごすことが出来ました。また、そのために近隣の教会の教師たちだけではなく、信徒の方たちも集まってこられるということは、私にとって新鮮なことであり、私たち一同は、感謝して過ごしました。

 そして「ワークキャンプ」というのは、出かけていって何かを「してあげる」ことではなく、手間を取らせて、たくさんお世話になって、一緒に働いて、うれしい気持ちをもらうことだと気付かされました。そのような貴重な体験をさせていただいたのでした。

 

ひとりの教師の逝去に際して

 けれども、その場にT牧師はおられなかったのです。T牧師は肺ガンを患われ、入院しておられたのでした。

 作業を終えて伝道所を離れてから、私はT牧師の見舞いに行きました。T牧師はベッドに横たわられ、肩で大きく息をしておられました。

 私は、「先生、来ましたよ」と声をかけました。何と言ったらいいのかわからないままに、「先生が帰られる頃には、伝道所の庭にシイタケがたくさん出来ていますよ」と言ったのでした。

 T牧師は、「ありがとう。ぼくは幸せだ」と言われました。

 翌朝、T牧師は天に召されました。T牧師の体が伝道所に帰ってきた時、伝道所の庭に初めてシイタケが出来たのでした。その「ホダ木」がT牧師の棺に納められました。

 地上の命には終わりがあります。尊い働きにも終わりの時があります。

 私たちが働いていた間、T牧師はそこにおられませんでしたが、一緒に働いていたのです。T牧師は、今は地上にはおられませんが、その語られた言葉は今も生きているのです。

 主によって立てられた教会、伝道所が掲げてきた幻、弱くされているものも、小さなものも、連帯して、共に働き、共に輝くということは、いつまでも続くと信じたいのです。

 

一粒の麦が地に落ちることで

 十字架の死を目前にされたイエスは、「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば多くの実を結ぶ」と語られました。

 教会、伝道所は、この世の中で、弱く、小さなものかもしれません。その私たちが連帯し共に歩むことを目指す中で、主の復活の光を受け輝くものとされているのです。

 教会、伝道所は、この世に仕え、この世の中で共に働く時、立ち続けることが出来るのだと思います。

 一粒の麦が地に落ちて死んだなら多くの実を結ぶ。そのあり方を、主イエス・キリスト御自身が、十字架の死によって示されました。ご自身をささげられて、私たちに命を示されたのです。

 この主の業を指し示す働きに招かれた者は、自分の力や大きさを求めるものではありません。この世の力や速さにこだわるものでもありません。

 教会、伝道所も、そこに連なる私たちも、自分の大きさを誇るものではありません。一粒の麦として生き、また、死に、復活の命を示された主に従って、人の力を越えた命へと招かれて行く。その歩みが受け継がれていく。そのことを信じて歩みたいと願います。
(弓町本郷教会牧師)

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