【4817号】荒野の声

 「聖書があれば、何時でも、何処でも話せる」。洗礼を授けくれた師がよく言っていた言葉である。事実、師は自転車であちらこちらを訪ねて聖書の話を語って聞かせた。▼しかし、神学生の頃、ほんとうにそうだろうか、聖書のことを話すのはなかなか難しいのではないか、と思えた。聖書さえあれば、と心が定まるまで少し時間を要した。確かに、かの師も神学校で四苦八苦しながら聖書に取組んだことをよく話してくれた。その困難と取組みがあっての「何時でも、何処でも」の言葉だったのだ、と思う。▼先日、幼稚園の園児に呼び止められ、神さまはどこにいるのか、と実にまっすぐな質問を受けた。聖書の話、礼拝の話をよく聞いている子だった。神さまは、目に見えないので心配になったのだ、と言う。言葉をいくつかやりとりして、最後に、神さまは、あなたと、いつでも、どこにでもいっしょにいてくださるよ、と告げた。後日、母親から、その子が家に帰って、神さまはいつも、どこでもいっしょにいてくれるんだって、と報告したことを聞いた。▼キリストを告げることができるように備えていなくてはならない。何時、如何なることで、どのような人たちが、それによって、主にお出会いするか、わたしたちには計り知れないからだ。

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