【4817号】東日本大震災から4年を覚えて 主の業に用いられ感謝 邑原宗男

さて、使徒たちはイエスのところに集まって来て、自分たちが行ったことや教えたことを残らず報告した。イエスは、「さあ、あなたがただけで人里離れた所へ行って、しばらく休むがよい」と言われた。出入りする人が多くて、食事をする暇もなかったからである。そこで、一同は舟に乗って、自分たちだけで人里離れた所へ行った。ところが、多くの人々は彼らが出かけて行くのを見て、それと気づき、すべての町からそこへ一斉に駆けつけ、彼らより先に着いた。イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、いろいろと教え始められた。 そのうち、時もだいぶたったので、弟子たちがイエスのそばに来て言った。「ここは人里離れた所で、時間もだいぶたちました。人々を解散させてください。そうすれば、自分で周りの里や村へ、何か食べる物を買いに行くでしょう。」これに対してイエスは、「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」とお答えになった。弟子たちは、「わたしたちが二百デナリオンものパンを買って来て、みんなに食べさせるのですか」と言った。イエスは言われた。「パンは幾つあるのか。見て来なさい。」弟子たちは確かめて来て、言った。「五つあります。それに魚が二匹です。」そこで、イエスは弟子たちに、皆を組に分けて、青草の上に座らせるようにお命じになった。 人々は、百人、五十人ずつまとまって腰を下ろした。イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて、弟子たちに渡しては配らせ、二匹の魚も皆に分配された。すべての人が食べて満腹した。そして、パンの屑と魚の残りを集めると、十二の籠にいっぱいになった。 パンを食べた人は男が五千人であった。《マルコによる福音書6章30〜44節》

急ぎ走らずには

 2011年3月11日午後2時46分から4年をむかえます。多くの祈りが集められたことをまず感謝します。しかし、この感謝に至るには、そんなに簡単に到達できたのではないことを、まず正直に、最初に申しあげておきます。

 被災地である岩手県は、ほぼ四国教区の広さに匹敵します。そこをひたすら走り続けていますから、当初、何が何だか分からなくなったというと大げさに聞こえますが、ゆっくり座って考えるとかいうことはできていませんでした。起こり続ける事柄に即断すること、それがなにより第一のことです。車で走りながら2人と同時に電話(2台の携帯電話で)するなんてことを気付けばしていました。

 このような中で、どう対応するかを奥羽教区常置委員会は、3月14~15日に開催し、緊急支援委員会を常置委員会の下に設置し、できる限り正確な情報を基に、被災10教会を確認し、緊急支援が全面的に必要な4教会(地震被災と津波被災)、応急処置でその後対応の必要な教会、小規模修繕で済む教会に分け救援に入りました。救援物資は奥羽教区事務所のある盛岡市で対応することとしました。その一つ一つは祈りの中で続けられました。

声を掛けられても

 このたびの震災直後、いろいろな言葉を聞かされました。「あなたはこの事態で何を語りましたか」、「なぜとは言わない」、「主の警告だ」など、どれもこれもすぐさま慰めや励ましにはなりませんでした。多くは、口幅ったいものでしかありませんでした。

 今、あの状況で、どんな御言を聞くことが出来たかを顧みると、もちろん石橋秀雄教団総会議長が提示された詩編124編8節「わたしたちの助けは天地を造られた主の御名にある」もありますが、そこに到達するには時間がかかりました。むしろ、ハバクク書1章2節以降「主よ、わたしが助けを求めて叫んでいるのにいつまで、あなたは聞いてくださらないのか。…」の預言者の嘆きが頭の中をぐるぐると駆け巡り、また呟くばかりでした。主は沈黙しておられるのかと思うようななかで、あの人この人、実に多くの人を用いて語っておられたのに、愚かさのゆえにそのことにすぐには気づきませんでした。

「あなたがたが彼らに」

 当初、確かに、多くの人が飢えや苦しみ、悲しみを訴えて集まりました。私たちは、それこそ、どうすればいいのかわからず「群衆を解散させてください」という弟子たちの姿でした。しかし、そんな私たちに主イエスは「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」とおっしゃっていることに打ちのめされ、初めて気づかせてくださるのです。もちろん、弟子たちのように「わたしたちにはパン五つと魚二匹しかありません」と口ごもっている自分を知らされました。しかし、この愚かさを承知の上で主イエスはどのようにすべきかと方法すら提案されたのです。一度に見ると5千人、こりゃ無理と思うものを、対応可能な50人ぐらいずつ組にして分けそれぞれに対応することです。それでもなお、自分たちは小さくて何もなくて、当時は車を走らせるガソリンも入手困難な中で、なぜ、どうして、こんなのとてもとてもと口を突いて出しそうなその口を、主イエスは大きな手でふさいで「五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで、それらのために賛美の祈りを唱え、裂いて弟子たちに渡して群衆に配らせた」と知らせてくださいました。

弟子たちに渡して

 そうです。宮古、釜石、大船渡の津波被災地に働き人は多く集められました。教団救援対策本部をはじめとし、全国各教区、教会の方々、さらに在日大韓基督教会より特に関東地方会の方々、韓国より大韓イエス教長老会の方々、そしてYMCAの方々、淀川キリスト教病院の医師や看護師の方々、チャイルドファンドジャパンの方々、さらには酪農大学はじめとする各地の大学生や高校生までも集めてくださって、救援活動を展開してくださる主の恵みの数々を、今指折り数える時を与えられています。

 被災地の所謂瓦礫は、片づけられました。仮設住宅の多くは校庭にあります。復興計画に基づいて、仮設住宅から復興住宅へと移らされる方々がおられます。その方々のところに出かけると、4年かけて築き上げた隣人関係が再びバラバラにされることを不安に思うことを口にする70・80代の女性の声を聴きます。見える形の復興は、日に日に続けられ進んでいます。その陰で不安になる方の声を聴き続ける時がますます続くことでしょう。

 主イエスは「あなたがたが」と呼びかけておられます。この主の言葉に押し出されて主に用いられていることを感謝したいのです。

恵みを数えて

 4年の恵みは、確かに、はっきりと見える形で表されています。千厩教会は新しい土地に移転し礼拝堂・牧師館を新築し、2013年8月献堂式を感謝のうちに奉げました。新生釜石教会は同地に礼拝堂・牧師館の修築工事を完了し2014年8月修築感謝礼拝を奉げました。大船渡教会は津波被災地での仮設住宅で支援(傾聴)活動を継続していきます。さらに、宮古教会は新しい土地を得て、幼稚園と共に新築工事を続けています。また応急の後、改めて計画に入った一関教会のリフォームと江刺教会の新築の工事が始まります。

 この恵みの数々こそ、主イエスが「あなたがたが彼らに」とおっしゃった新たな召しとなりました。恐れや不安、愚痴や不平、しり込みする者をあえて選んでくださり、立たせてくださり、主イエスが先頭に立って賛美の祈りを唱えてくださっているのです。

 「主よ、わたしが助けを求めて叫んでいるのにいつまで、あなたは聞いてくださらないのか。…」と呟く者にも「わたしたちの助けは天地を造られた主の御名にある」と感謝の祈りを口ずさむ時を与えられているのです。弟子たちを招き、共に歩まれた主イエス・キリストの御業の中に、「あなただからこそ選び出したよ」と呼びかけ招き続けておられます。

喜びに招かれ

 私どもの差し出すものはパン5つなのかもしれません。魚2匹なのかもしれません。でも主の御業を進めるためには、この5つのパンと2匹の魚しかと嘆き呟く弟子の姿があって、初めて、主イエスの大きな業に用いられるのです。「すべての人が満腹した。そして残ったパンの屑を集めると、十二籠もあった」との喜びに今も、招かれています。(江刺教会牧師・奥羽教区総会議長)

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