【4813号】新春メッセージ 礼拝が奇跡-最初の確信を確認し続ける- 石橋秀雄

わたしたちは神のために力を合わせて働く者であり、あなたがたは神の畑、神の建物なのです。 《コリントの信徒への手紙一3章9節》

礼拝が奇跡

 わたしが尊敬する伝道者の講演を聞いた。その講演の中で「礼拝が奇跡だ」と語られた言葉が心に残っている。教会の紛争の中で赴任した伝道者の「礼拝が奇跡だ」との言葉に感動した。

 どのように激しく対立していても礼拝を重んじる信徒たちだ。

 一般社会では激しく対立する者同士が共に座ることは出来ない。しかし、どのように激しく対立していても礼拝共同体だ。

 「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び」。「礼拝で慰められ、礼拝で教会が整えられて行った」。だから礼拝が奇跡だとの講演者の言葉が心に残る。

「神の畑」

「あなたがたは神の畑、神の建物なのです」。
(コリントの信徒への手紙一3章9節)

 わたしたちの教会は「神の畑」なのだ。このパウロの言葉に励まされる。

 神の畑、神が働いてくださる畑がどのような畑であるかということは、記されていない。

 わたしたちの教会はどのような畑であるのだろうか。良い畑であるか、それとも荒れ果てた畑であるのだろうか。

 神の前に荒れ果てた畑であるかもしれない。しかし、荒れ果てた畑であっても、神の畑であり、神が働いてくださる畑だ。

信徒に育てられる

 1970年に神学校を卒業して、今年45年目を迎える。

 昨年の10月、最初の赴任地、鴻巣教会の礼拝に招かれた。現在、精力的に鴻巣教会を伝道牧会をされる川添三郎牧師と教会員の方々との楽しい交わりの時が与えられた。

 鴻巣教会と越谷教会と二つの教会に仕えてきた伝道者生活は、信徒に養われる年月だった。

 越谷教会の信徒は外に出ると「うちの教会の牧師がご迷惑をおかけしています」と謝罪する。「嬉しいのか悲しいのか」。しかし、わたしの欠点を知り尽した上で、支えてくれる信徒たちによってわたしは育てられてきた。

荒れ果てた教会?

 神学校卒業の年、学長から埼玉の鴻巣教会が紹介された。

 大宮教会で育ったわたしの恩師は谷川真海牧師だ。

 谷川先生に「学長から鴻巣教会が紹介された」と相談すると、わたしのことを思って、「鴻巣教会、あそこは大変な教会だ。まず、2、3年頑張りなさい」と話された。

 確かに、この小さな教会は裁判問題をかかえて苦しむ教会であり、外から見ると「荒れ果てた畑」に見えた。しかし、赴任して、内に入ると、「良い畑」の教会であった。

 この教会は、「礼拝なしには自分の生活は成り立たない」という信仰を持った信徒の多い教会であった。

 今回、鴻巣教会に招かれ、交わりの時間に斉藤安三さんの話題になった。43年前、鴻巣教会に赴任して最初に受洗した姉妹が「あの礼拝姿勢に感動し受洗の決心をした」と話された。

 彼は塾を経営していた。塾に来る生徒や父母に「教会に行こう」と声をかけ続けた。受洗へと導かれた者もいたが、しかし、多くの者は2、3回来て来なくなる。

 「おかしいなー、教会はこんなに楽しいのに何故、来なくなるのかなー」と口癖のように言っていた。

 わたしが徹夜で説教の準備をし、フラフラしながらレポート用紙11枚を早口で15分で説教する。この礼拝が楽しいという。信じられない斉藤さんの言葉だ。

 寒い2月の礼拝の日、斉藤さんは礼拝後、ストーブの側の椅子に座り「足がこんなにむくんじゃったよ」と足を見せてくれた。「ドキッ」とした。

 その日、教会から5分くらいの自宅から自転車に寄りかかりながら、休み休み30分かけて礼拝に来た。しかも礼拝に遅刻しなかった。

 その週の水曜日に斉藤さんは召された。

 「礼拝が楽しい」、だから死が近い、とうてい外に出られない身体で教会の礼拝に出席した。

 生ける主に出会い、復活の命を頂いて生きることができ、その礼拝が楽しいという斉藤さん。この信徒の礼拝姿勢に感動して、あの姉妹は受洗を決心した。

 裁判問題で苦しむ教会?

 裁判問題で苦しみ、慌てふためき、右往左往したのはわたしだけだった。

 命の不安、生活上の問題、教会が直面する問題がある。

 しかし、その中心に礼拝がある。「礼拝で慰められ、礼拝で全ての問題が、整えられていく」。まさに「礼拝が奇跡だ」。

 礼拝共同体、この神の畑に神が働いてくださる。

 神学校出たて青二才の伝道者であるわたしは、礼拝の重さを信徒から教えられ、そして、礼拝なしには自分の生活は成り立たないと生活の中心に礼拝を据える信徒と共に礼拝を献げ、礼拝に仕える中で、伝道者として育てられてきた。

最初の確信を確認し続ける

 「あなたがたは神の畑、神の建物なのです」。

 荒れ果てた畑であっても、神がそこに働き、神の建物としてくださり、そこに主が住んでくださる。

 この建物に組み入れられたわたしの最初の一年は、裁判に翻弄され、自分の脆さと弱さをさらけ出す年であった。

 しかし、「キリストの力が弱さの中に宿る」(二コリント12・9)を深く味わい知らされる最初の一年であった。

 神の畑である教会、荒れ果てた畑であっても、その畑に働いて「神の建物」としてくださる。

 それゆえに「聖なる公同の教会を信ず」との告白に導かれる。

 「聖なる公同の教会を信ず」との告白をする時、克服し得ない問題はないとの確信を最初の一年目に与えられた。

 その最初の確信を確認し続ける45年の伝道者の歩みであった。そして、この確信を確認する主の恵みの内に、新しい一年の歩みが備えられている。(第39総会期教団総会議長・越谷教会牧師)

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