【4795号】東日本大震災3周年記念礼拝

 まず、奉唱の奉仕を、日本基督教団池袋台湾教会員である張端銘氏が、特別祈祷の奉仕を、大韓イエス教長老会企画局長ビュン・チャン・ベ牧師がそれぞれ担った。

 続いて、震災発生時に東北教区の議長であった高橋和人牧師により、イザヤ書60章1~5節と、ヨハネによる福音書1章1~5節、14節から、「まことの光を求めて」と題して次のように説教がなされた。

 「震災発生翌朝、音の消えた街を多くの人々が歩いていたが、まさにその瞬間、あの大きな闇が現れようとしていた。それは、それまで私たちが光だと思って追い求めていたものの陰であった。

 2日目の夜の星空、人間の作りだした光が消えた故、そこにはかつての光の回復があった。しかしそこに押し寄せていた陰を感じることはできなかった。その後ラジオから流れるのは、原発事故の状況と、安全を語りつつ一方で避難を呼びかけるものであった。死の灰が降り注ぐ切羽詰まった状況の中で、人間の生活を支えてきたライフラインの背後にあった、人間の技術力を思わされ、同時に、それがいとも簡単に震災によって破壊されたことを思わされた。人はこれまで何の疑問もなく光を求めてきた。その代償についても楽観的だった。警鐘が無かったわけではない。しかしその声が大きな声になることはなかった。

 原発事故のもう一つの側面は、言葉の混乱という面であった。被災者が自分の思いを表わす言葉を持てていなかった。放射能に関する数字についても同じ数字が安全と言われ、一方で危険と判断される。家族の中でさえ同じ言葉が分断をもたらす現状があった。言葉の混乱により、人と人がバラバラになっていく。この震災は、大きな陰と言葉の混乱を同時に生み出した。その状況は今でも全く変わることが無い。恐れなければならないのは、あの闇の正体が子どもたちの未来において暴かれることになるということである。

 人間は、陰のない光を生み出すことはできていなかった。しかし私たちは悲観しない。聖書には、失われない言葉が記され、神と共にあり、命と光を内包する言葉が記されている。その光は、闇に理解されなくとも光り輝いている。神の独り子の誕生は、光と言葉の出来事であった。この出来事は、世界の成立と神と私たちの関係を知らせる。震災を目の前にした私たちと同じように、全く無力な存在として幼子は誕生した。幼子を見る者は真の光、言葉を知るのである。

 初めにあった言葉を信じる者として、この国際会議が地域の人々に寄り添う言葉を発する会議となるように」。

 その後、奥羽教区議長邑原宗男牧師、東北教区議長小西望牧師、関東教区議長秋山徹牧師により祈祷が連祷として捧げられた。
(小林信人報)

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