【4792号】伊豆・大島、台風26号報告 フィリピン地震・台風報告

フィリピン・ボホール♦ベルトラン小川文子宣教師

相次ぐ災害の中、霊的復興を

 神様が一吹きしたら、誰もそれを止めることはできないな」。フィリピン・ボホールでマグニチュード7.2の地震が起きた時、クリスチャンでない友人がもらした感想です。

 13年10月15日、地震を経験したことのない人々は恐れ、叫び、高台へと逃げる人、客を降ろして家に帰るバス、工事現場で滑落する人、将棋倒しになって亡くなる子ども、地割れに一瞬にして呑まれた家もありました。

 大きなパニックが起こらなかったこと、その日が休日であったことは幸いでした。家や学校や市庁舎が倒壊し、歴史的建造物である古い教会堂はほとんどが全壊か半壊、橋が落ち陸の孤島になったところもありました。

 こちらの建物はブロックを積んでセメントで固めてあるだけなので崩れやすく、余震の続く間、外で寝る人がほとんどでした。入院患者が皆病院の外に出されているのを見ながら、「何かしなくては」と感じました。でも、私たちは車も家も備蓄もなく自分たちの食糧すらなかったのです。

 その日の夕方、誰もがろうそくや水の確保に走り回っている頃、夫が若いクリスチャンたちを集め、薄暗い教会の中で「エイド・ボホール」を結成しました。驚くほど円滑にボランティアや車両が集まり、募金や物資が届き、次々に援助チームを派遣することができました。

 道が悪くてバイクでしか行けないような場所にも、たくさんのバイク乗りたちがやってきて物資を届けてくれ、そのような働き人たちに食事を出してくれる人もあり、何も持たない私たちが不思議なことに多くの人に援助をすることができたのです。

 毎日2、3か所にチームが行き、御言葉を語り、物資を配り、話を聞き、けがの治療をしました。人々は御言葉に聞き入り、祈りに涙しました。地震によって揺さぶられた人々の心は開いていました。

 地震から20日くらいたった11月8日、今度は台風30号が襲いました。歴史上最大の台風は強烈で、まるで津波のような高潮が街を瓦礫にし、家は数時間地震のように揺れつづけ、フィリピン人口の三分の一が被害を受けました。

 ボホールでは電気と水が1ヶ月近く止まり、ほとんどの活動が止まってしまいました。仕事ができない、学校もない、テレビも扇風機も灯りもない、そのためでしょうか、山の上の村では2千人もの人々が伝道集会に集まりました。

 また教会が和解し一致してきて、最近では歴史上最大の2万人の集会も町の運動場で行われました。たった2ヶ月の間に、これだけの数の人々に御言葉が語られたことは不思議な御業というよりほかにありません。

 まだまだ復興には時間がかかると思われますが、霊的な復興が併せて起こっていくよう、なおお祈りいただければ幸いです。
(ボホール・ゴスペル・サテュレーション・プロジェクト/教団派遣宣教師)

 

大島元村教会♦並河光雄牧師

離島の伝道拠点を守るため

 大島元村教会は、離島にありながら明治末期よりスカンジナビア・アライアンス・ミッションの宣教師により伝道された教会です。

 戦後は長く相沢良一牧師が牧会しました。東京教区東支区に属し伊豆諸島伝道委員会のもとで、波浮教会、新島教会、三宅島伝道所、八丈島教会と共に主の働きを担っています。

 昨年10月16日の台風26号の被害により教会員の清水和子姉が召され、姉妹の大島元村教会での前夜式がテレビニュースの中で報道されました。それによって、このような離島にも教会があるということを、多くの方々に知ってもらうことにもなりました。

 災害の中では、日本全国の教会から励ましのお便りと献金を頂き、本当に多くの方々に祈られているのだということを知り、教会員も牧師も慰めと励ましを与えられています。心から感謝すると共に、全国の諸教会の上に、神様の恵みと祝福がますます豊かに注がれ、日本の教会の伝道が前進することを祈っています。

 「神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助けである」(詩篇46篇1節)。私たちの大島は、昨年の台風で、未曾有の大災害に見まわれました。突然のことで、その悲しみは計り知れないものがありました。

 しかしこのような時こそ、私たちは神様に信頼しなければなりません。「このゆえに、たとい地は変り、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。たといその水は鳴りとどろき、あわだつとも、そのさわぎによって山は震え動くとも、われらは恐れない」(詩篇46篇2~3節)。

 本当に大きな災害でした。教会から見える三原山の斜面が、あのように壊滅的に崩落してしまうなど、だれが考えたことでしょうか。その夜、教会の建物は、暴風雨と共に船が揺れるような気持ち悪い振動を感じていました。後で考えると、それは三原山が崩れていた地震による振動でした。

 あの時、私たちの教会役員の清水姉は神様のみもとへと旅立って行きました。

 そして、災害の翌朝は、そのような惨状を知らなければ、台風一過、富士山がとてもきれいに見える美しい朝でした。私たちは、次の大雨が来るまでは、教会で前夜式もすることができました。

 しかし、次の大雨が予想されると、元町地区は避難指示が出て教会の礼拝堂を使用できなくなり、10月20日の主日礼拝と清水姉の葬儀、27日の主日礼拝は、教会から車で10分ほどの所にある、教会から生み出された北ノ山保育園を借りて捧げました。

 その後、災害からの復旧のために、SCF(学生キリスト教友愛会)の吉岡康子牧師、野田沢牧師等4人が10月31日に視察して、教会役員が学園長をしている大島藤倉学園にSCFメンバーが宿泊し、数度にわたってボランティア活動をしてくれました。

 また波浮教会の竹井眞人牧師と共に「大島町災害支援教会協力会」を立上げクラッシュジャパンのボランティア派遣を支援しました。両働きは島民にも喜ばれとても感謝しています。
(大島元村教会牧師)

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