【4607号】荒野の声

▼主任担任教師として初めて執行した葬儀式は、五才の男の子のものだった。▼将来牧師になった時に、葬儀を司るということは、勿論、神学校の時から念頭にあった。それに備える授業もあった。しかし、本当の意味での自覚はなかった。▼何回かの葬儀で、その都度、牧師として働くことに挫折感を覚える程の体験をした。同時に、全く矛盾する思いを味わった。牧師になった、神さまに用いていただいたという実感を与えられた。▼誰ひとり出席者のなかった祈祷会の直後に、青年がふらりと礼拝堂に入り込んできた。式を目前にした婚約者の裏切りを知り、死んだ方がましだという告白を聞いた。慰め励ます言葉を持たない自分の無力に、辞めた方がましだと、その時は思った。▼白々と夜が明けようとしている時に、ガリ版の週報を刷り直した。どうしても、予告した箇所で説教原稿が書けなかった。▼特別な体験ではない。誰もが体験することだ。打ちのめされて、ただ、主に頼るしかないことを実感する。牧師になるとは、そういうことだと思う。

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