【4630号】主の召しに応えて 伝道のともしび

万事が益となる

武山教会牧師 小堀 新平

私には三人の子供がいた。長女を「日の子」という。自閉症だった。「日の子」は二八歳で、母親の運転する自動車事故で主の御許に召されてしまった。一九八四年のことである。驚異的な記憶力と、あらゆるジャンルの音楽への造詣の深さは驚くものがあったが、健常者にみられる社会性には欠けていた。教会生活では何よりも主日礼拝を忠実に献げ、教会挙げて愛され慈しまれていた。中でも阿部志郎氏の親友であった。
一九七六年の春に腎不全となり、以来透析を受けることになる。週三回の透析は主として夕方から始まる。その送り迎えは私たち夫婦の欠かすことのできない日課となった。健常者には見られない純真さと、嘘を言わない「日の子」は神さまが託してくださった私たちの宝であった。その「日の子」を召された御心は、今以て知ることは出来ない。
「日の子」の召天により、私たちは透析のための通院から解放された。透析の持続は生命の維持に関わることであり、全ての私生活に優先されるものだった。そこから解放された私たち夫婦はその時間を神学の学びに当てることにした。一九八五年四月、当時教文館の九階で開講されていた、東神大夜間講座に、第三九期生として夫婦で受講した。月曜日と金曜日の午後六時からの講座は、信徒の私たちにとり、新鮮で魅力的なものであった。幸い、勤め先は銀座にほど近く、講義は二人して皆勤の二年間を送ることができた。「日の子」が召されるまで、主として北米を主力とした海外プロジェクトの責任を持たされていたが、この事故後は、国内での仕事に移ったことも、受講には大いに便宜を与えられた結果となる。
この東神大夜間講座の受講の動機は、特に召命を受けてのことではなかった。正直に思うことは、「日の子」の透析治療により束縛されていた時間を有効に使いたいという単純な思いからに他ならない。夜間講座での二年間は私としては唯一の組織的な神学の学びの時であった。のみならず、各分野の第一級の諸先生方にまみえ、知己を得たことは、その後の私の歩みの上に無形の財産を与えられたことになる。
だが所詮は、信徒の学びである。将来、組織と肩書きの力に頼らない道をいずれは求めたいと願っていた私は、一九八七年一〇月、Cコースへの挑戦を決心した。今顧みれば、そこにいたる全ては、見えざる主の備えであったと思う。現役の仕事の傍らの受験準備は苦難であった。日々働く実社会と神学の世界は全く相容れない環境にある。神学書を家内がテープに吹き込み、それを通勤の途次聴きながらの日々が続いた。
一九八八年春に始まった受験は、仕事の合間を縫ってのことであって、一九九三年春に補教師の資格を得ることになる。一九九四年五月に武山教会への招聘があり、勤めを辞めてその召しに応じた。爾来、十三年、組織的な神学の学びを果たし得ないCコースの格差は他の人は知らないが、今以て私は神学的飢餓を味わっている。果たして主の教会に仕えるに相応しい学びが出来ているか、自ら顧みて止まない。
併設されていた幼稚園を二〇〇〇年に閉じ、ひたすら信仰告白を規範とした教会形成に、全力を傾倒した。創立五三年目の二〇〇六年一月、老朽化した会堂に代わり、新会堂の献堂式を迎えることが出来た。まずは一区切りの宣教牧会の歩みを終えたと言えるであろう。さりながら、誠に貧しき自らの器を顧みるとき、ご恩寵の大きさに、畏れおののく日々である。

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