「守られるはずの命」が
JOCSは、今年度青木盛(しげる)ワーカー(小児科医)を新たにパキスタンへ派遣します。青木さんの任地である聖ラファエル病院は一九四八年にカトリックの修道会で始められた産科中心の病院で、現在、日本人のシスター岡野(内科医)が既に活動を行っており、彼は新生児・小児医療を中心にサポートを行います。青木さんは、パキスタン赴任前に、インドのクリスチャンフェローシップ病院(CFH)-JOCSの活動にも多大なる影響を与えたミッション病院で、毎年スタディツアーでお世話になっています-で二ヶ月半の実地研修を行いました。青木さんの現地体験をご紹介したいと思います。
「8月29日、3人の新生児が呼吸障害の治療のため他院から搬送された。Aちゃんは入院時呼吸が苦しそうであったが、満期で体重もしっかりあり、数日で元気になった。Bちゃんは31週、1370gの、早産児、極低出生体重児。多呼吸、陥没呼吸は著明で胸と背中がくっついてしまいそうなほどの苦しい呼吸。明日までもたないかも、そんな状態だった。Cちゃんは35週、体重2000gくらい。
翌8月30日医師達は人工呼吸管理を行うことを決めた。しかし新生児室には人工呼吸器が1台しかない。どちらの子に使うのだろうか?(中略)Bちゃんに人工呼吸器が使われた。(中略)幸いBちゃんはその後経過良く、9月1日に呼吸器から離脱し、10日ほどして退院できた。この2ヶ月で初めて人工呼吸器を使って赤ちゃんが助かり、若い医師と一緒に喜び合えた。CFHに来て一番嬉しい出来事だった。しかしCちゃんの具合は良くなかった。“はあはあ”、と苦しい息づかいが3m離れていても聞こえた。自分の医師の経験の中で、こんなふうに赤ちゃんの息づかいが聴こえるのは初めてだった。30日の夜には低酸素のためか、けいれんも時々みられた。目をしっかり見開いて自分の方を向いてくる。助けを求めているかのように。そして31日の夜Cちゃんは息をひきとった。
『もう1台人工呼吸器があれば助かったかもしれないのに』と思わざるを得なかった。悔しさ、悲しみ、複雑な思いが錯綜した。ヨハネ福音書の「私があなたがたを愛したように、あなた方もたがいに愛し合いなさい。友のために自分の命を捨てること、それ以上に大きな愛はない」の聖句が頭をよぎった。生まれたばかりの赤ちゃんにそのような意思があるのかとも思うが、Bちゃんが助かった背景にはCちゃんの犠牲があった。」(青木ワーカーの研修体験記より(抜粋))
世界中で、約一一〇〇万人の子どもたちが五歳の誕生日を迎えることなく亡くなっています。三秒に一人、一日三万人です。それらの多くは、「守られるはずの命」であり、世界各地で毎日ひっそり起きている「静かなる緊急事態」です。私たちの日常からは見えない世界と現実。今この瞬間にも苦しみあえぐ子どもたちが、日々「生きるため」に生き、SOSを発しています。青木ワーカーは、任地パキスタンでも多くの命の叫びに接するでしょう。打ちのめされるほどの現実、深い挫折や無力感と困難にも直面するでしょう。私たちの未来であり、命である幼子のための地の塩の働きを、祈り支えたいと思います。
(大江 浩報・JOCS総主事)