▼「空気がなくなる」という噂が広まった。ハレー彗星が地球に最接近、通り過ぎるまでの五分間のことらしい。息を止める練習をする者が現れた。空気を貯められる自転車のチューブが高騰する。貧しい村の小学生で、チューブを手に入れることの出来た生徒はなく、当日、地主の子どもだけが、何本も肩に担いで登校する。▼四〇年程前に、児童文学専門誌で、短編『空気がなくなる日』を読んだ。映画化も、絵本になったことも、最近まで知らなかった。図書館で一度読んだきり、原作も絵本も今は絶版。不正確な引用はご容赦を。▼大胆なSF的発想を持ちながら、極めてリアルなこの作品は、もっと高い評価を得ても良かったと思う。格差社会が言われる今日、発表時以上に現実味を帯びている。光、水、空気さえも、お金がなければ手に入らない時代になった。飢える前に窒息する。▼昔の牧師家庭には貧しくとも夢があり、教育があった。しかし、今や教育も夢も、希望さえも有料化した。より深刻なのは、霊の枯渇か。何に貯めようか。