【4644号】教師退任決議を巡って 決議の後も、議論は止まず

*力による一致では悲しすぎる 後宮敬爾

今回の乱暴な「退任勧告」には、主イエスの愛をまったく感じることができない。数と権力による「排除」は教会として、あまりに悲しい姿だ。
たしかに一九四六年に教団教憲教規が定められたとき、世界の多くの教会は、聖餐は洗礼を受けたものに配餐されるという「前提」に立っていただろう。
しかし、二十世紀に入ってからの世界的なエキュメニカル運動の中で、聖餐理解の特徴と違いについて研究がなされ、さらに一致を求めるという数十年の歴史を経て、一九八二年に世界キリスト教協議会信仰職制委員会は『リマ文書』を満場一致で採択した。リマ文書で世界の教会が新たに確認したことは、聖餐の持つ多様な意味とその豊かさであった。こうした過程を経て、教会は聖餐の重要性を再確認してきた。
そしてその作業の中で、「陪餐資格」が課題となり、具体的には「知的ハンディを持つ人の陪餐」「幼児洗礼者の陪餐」「子どもの陪餐」「未受洗者の陪餐」などがあげられたのだ。そして、その応答として世界レベルで様々な教会で様々なあり方の「開かれた聖餐」への試行がなされているのである。
山北議長は「三年前から喚起してきた」と主張するけれど、教団もこのような世界の教会の動きと無関係であったわけではない。一九八七年に宣教研究所編『聖餐』を発行しているし、一九九〇年には『陪餐問題に関する資料ガイド』を発行して、世界や教団内の聖餐についての情報を提供しているのである。
この提起を受けて、教団内でもそれぞれの教会で聖餐について学習会を行い、協議をして「開かれた聖餐」を実施している教会があるというのが現在までの経過である。
「退任勧告」の根拠の一つは「未受洗者の配餐は教憲教規違反」であるとの信仰職制委員会の答申であるが、これらの経過を考えるならば「教憲教規は未受洗者への配餐を想定していない」というのが正確なのではないか。「開かれた聖餐」が教会の課題となったのは間違いなく教憲教規の成立以降なのだから。「聖餐」「洗礼」「職務」について丁寧な議論が続けられているというのが世界の教会の現状であろう。
ドイツの教会(EKD)常議員会が聖餐について指針を明らかにしたのも、教会における様々な「開かれた聖餐」実践に対するものであり、常議員会としての見解を明確にする中で、一致への提示をしたのだ。
そういう世界の教会の動きからしても、今回の「聖餐理解」の相違を理由にした「退任勧告」は異常な事態である。少なくともプロテスタントの教会において、聖餐について、わずか二時間あまりの発言の往復だけで出すような結論ではないだろう。
もし我々が合同教会としての一致を願うなら、「洗礼」「聖餐」「職務」について、丁寧で対話的な議論と研究をするところからはじめるべきではないのか。
実際に前期常議員会は、教師問題を取り扱おうとしたが、「現状では教師に対する理解の相違が大きい」ことを理由にその作業を停止したではないか。それが教団の現状である。
一連の作業の中で、教団は基本的なことから、丁寧に確認する作業をしなければ信仰職制的な一致が難しいことを常議員会自身が明確にしたのではなかったのか。
私には今回の「退任勧告」というようなやり方が教団の一致につながるとはとうてい思えない。
(教団常議員・札幌北光教会牧師)

*聖餐の一致を求める 高橋 潤

第35総会期宣教委員会は、七月九日の第2回常議員会における協議会で行われた北村慈郎常議員による発題に対して、「未受洗者への配餐の事実に対し明確な判断と指導を行うよう」、要望書(七月十八日付)を常議員会宛送付しました。
一〇月二三日第3回常議員会は、勧告決議に基づいて「北村慈郎教師に対し、未受洗者への配餐を直ちに停止するか、さもなくば速やかに日本基督教団教師を退任されること」を勧告しました。
私は、当然のことと受け止めています。
北村慈郎常議員は、この問題を重く受け止め、未受洗者への配餐を直ちに停止すべきだと考えます。
なぜならば、未受洗者の陪餐は、諸教会の一致の基礎を破壊する行為だからです。
宣教委員会の使命は、日本基督教団信仰告白を土台として、教憲を重んじ、教規第41条の規定に仕える責任を負っています。
すなわち、宣教委員会は、信仰告白の「教会は公の礼拝を守り、福音を正しく宣べ伝へ、バプテスマと主の晩餐との聖礼典を執り行ひ、愛のわざに励みつつ、主の再び来たりたまふを待ち望む」と、教憲の「福音を宣べ伝え、聖礼典を守って、主の来たりたもうことを待ち望み、その聖旨を成しとげることを志すものである」又、第1条「本教団はイエス・キリストを首(かしら)と仰ぐ公同教会であって、本教団の定める信仰告白を奉じ、教憲および教規の定めるところにしたがって、主の体たる公同教会の機能を行使し、その存立の使命を達成することをもって本旨とする」に対して責任を持って行動しなければなりません。
ゆえに、我々の教会が「教会として成立する枠組みとしての教憲・教規を逸脱」する行為と発言に対しては、問題にしなければなりません。
北村慈郎教師は、かつて、日本基督教団の信徒として「日本基督教団の信仰告白を告白する」ことと、「教憲・教規に従う」こととを誓約して洗礼を受けたはずです。
また教師として准允を受けた時にも「あなたは、本教団の信仰告白、教憲・教規に従い、正しく忠実にみ言葉を宣べ伝え、また教会の一致…のために熱心につとめ、かつ祈ることを約束しますか」の言葉に対して「主の助けによって約束します」と誓約したのではないでしょうか。
この誓約に対する神の前での責任をどのように説明するのでしょうか。
また、仕えている教会が掲げている教会規則第8条①「聖餐には、バプテスマを受けた信徒があずかるものとする」の削除を求めつつ、同教会規則第3条「教団信仰告白を告白する」4条「教憲・教規の定めるところに従って教会的機能及び教務を行う」の規定を残していることの矛盾をどう説明するのでしょうか。
北村慈郎教師やその同志は、教団総会議長が、二〇〇五年度以来、毎年、全教区の諸教会・伝道所へ「正しい聖礼典の執行」を呼びかけ、未受洗者の陪餐が「教団形成にとって致命的」、「教会の根幹に関わる問題」、「明確な教憲・教規違反」との注意を想起して、信仰告白を重んじ、教憲・教規に従う姿勢を整えるべきです。
(教団宣教委員長・中京教会牧師)

*「教憲・教規」が教団の原点・出発 小林 眞

第35総会期第3回常議員会で可決された「教師退任勧告決議」に関して、以下の五点を記したい。
①議案の求めるもの
まず申したいことは、今回の決議は、名称としては「教師退任勧告」とはなっているが、内容は退任よりも、まずは、「未受洗者への配餐を直ちに停止する」ことを求めているのである。
従って、教憲・教規通りの聖餐式の執行をして下されば、それですべて済むのである。
②プロテスタント教会としての日本基督教団
私たち教団は、言わずもがなプロテスタント教会に属する教会である。
そして少々乱暴に言えば、「聖書の正典と信仰義認」を認めて洗礼を受けるならば、誰もがプロテスタント教会の一員としての扱いを受けることとなる。
しかし私たちは、プロテスタント教会の一員として歩んでいるのではなく、もう少し狭く「教団の一員」として歩んでいるのである。
その場合の教団の枠とは、他でもなく、「教憲・教規」のみである。
それ故、教団の一員としての出発とも言うべき洗礼式においては「教憲・教規を守ることを志します」と誓約をするのである。
このように「教憲・教規」が、教団の原点・出発点であり、この誓約を反故にして、違法な聖餐式を執行することは許されない。
③教会共同体として、教団においては、洗礼を受け、聖餐にあずかる資格を与えられた現住陪餐会員を、教会共同体構成員の主軸としている。
つまり教会総会とは、現住陪餐会員の会議であり、そこから教区総会議員が選出され、教区総会では教団総会議員が選出されるという筋道が定められている。
しかし、洗礼を受けなくても陪餐できるとなれば、礼拝に集う者すべてが現住陪餐会員となり、前述の筋道(会議制)は完全に崩壊してしまうことになる。
④自分勝手な法解釈
教団の会議をはじめ、いろいろな公の場での自由な発言があり、それはそれで尊重されねばならないのは言うまでもない。
しかし、いろいろな会議に出席して発言する場合、その立場(教師であれ、信徒であれ)は、何によって確保されているのだろうか?
これまた言うまでもなく、教憲・教規に他ならない。
つまり違法な配餐を実施している人々は、自分の立場は教憲・教規で確保し、実際に行っていることは、教憲・教規違反なのである。
こういう自分勝手なご都合主義はいつまでも許されるべきではない。
⑤終わりに
①でも申したが、教団を教会として、より造り上げていく議論・協議は、「教憲・教規」の枠内での議論であり、この枠を外れての議論は、本当の意味での形成的な議論にはならないと思われる。
(教団副議長・遠州教会牧師)

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