東アジアで初の総会開催
第10回WCC総会が10月30日~11月8日、韓国釜山のイベント会場BEXCOで開かれ、「命の神よ、正義と平和へと導いてください」をテーマに、世界のキリスト教界各派の代表が集まり、10日間の協議のときを持った。
発展の目覚しい釜山の開発地域の中核にある壮大な会場を、アフリカ、アジア、カリブ海、ヨーロッパ、南米、中東、北米、太平洋地域の各国の顔、色とりどりの服装が埋め尽くし、会議の中にも歌や踊りのパフォーマンスも随所にあり、壮観だった。
とりわけ、東アジアで開かれるはじめての総会とあって、韓国の国家と教会の力の入れようは大変なものだった。韓半島の分裂の問題など現在の韓国の状況を世界に知らせる機会が多く持たれた一方で、韓国の福音派の人々はWCC総会の開催に反対し、開会の前には1万人に及ぶ反対集会が行われたという。
今回のWCC総会は韓国だけでなくアジア諸国のキリスト教会の存在感が大きくなっていることを証しする総会であったことは確かである。アジアは中国、インド、中東を含み、世界の人口の半分が住み、民族、文化、宗教の最も多様な地域、緊張をはらんだ地政学的状況、現在最も活発な経済成長を遂げている国々があり、その中でキリスト教も大きく成長し、環境破壊、社会格差、女性差別、貧困、等、教会が取り組むべき課題は大きく、宗教間対立も激しい。現代世界の縮図がここにある。このような状況のもとで韓国でWCC総会が開かれたことの意義は大きい。
また、会場では正教会の独特の黒衣をまとった髭の司教たち、アフリカやカリブ海からのキリスト者も積極的に発言し、WCCがヨーロッパ、北米の白人を中心にしたプロテスタントのキリスト者の大会というイメージは今では全く違っていることが一目で知らされる。
教団からは伊藤瑞男教団副議長が議席を持ち、加藤誠幹事がアドバイザー、筆者がオフィシャル・オブザーバーの立場で参加した。そのほか日本からは聖公会の西原廉太司祭、在日大韓教会の許伯基牧師、ハリストス正教会のディミトリイ田中仁一司祭が議員資格のある参加者、他にも東北ヘルプから、また、エキュメニカル委員会などから参加者もあったが、毎日5千人が動員されたという韓国のキリスト者の中に埋もれていた感は否めない。
総会は、土日を除いて毎日午前8時30分の祈りとバイブルスタディーにはじまり、午後8時30分の祈りの時間まで12時間、その間に、5千人収容のオーディトリウムでプレナリーと称する全体会があり、各界からの挨拶や全体の報告などに続いて、ここでさまざまな主題が論じられ展開される。
ここで論じられるテーマは、それに先立って「エキュメニカル対話」の時間があり、参加者が選ぶ「一致への呼びかけ、新しいエキュメニカルな景観」や「今日における伝道、弟子として従う新しい道」など、あらかじめ用意された21のテーマの下に150人~200人の分科会で協議される。そこで提案されたことが全体会の中で、またWCC総会の声明として公にされるのである。
このほかに、「マダン(庭、広場)」と称する展示会場があり、世界の教会や宣教団体が各国や各地域で行っているさまざまな宣教、社会活動を紹介し、パフォーマンスも行うコーナーが87もあり、また別の会場でマダン・ワークショップが開かれる。このほかにビジネス・プレナリーで議長や総幹事の総括的な活動報告や中央委員の選挙、規則の改定、世界に発信する声明の協議、各委員会の報告などが行われる。
このような構造において、現代世界のキリスト教界が行っている宣教活動の全体像が浮かび上がり、取り組むべき諸課題、向かうべき方向などが視野に入ってくる。会議の構造全体を把握し、主体的に参加するためには、かなりの予備的な知識を要する。
WCCは、「天にあるものも地にあるものもキリストのもとに一つにまとめられる」(エフェソ1・10)のみ言葉の約束と目標の実現に向かって目に見える一致を目指す集まりである。分かたれた教会が「一つの・聖なる・公同の・使徒的な教会」となっているか、キリストによって証しされた神の愛と義と赦しの福音を伝え、それに仕える者として証しし生きているかという根本的な問いかけが、様々な現代の状況と教会の戦いの現実の報告を伴って、すべてのテーマにおいて投げかけられた。
今回の総会に先立ってWCCの信仰職制委員会より「共に命に向かって、変わりゆく状況の中での宣教」という基本文書が出されており、これに沿った議論が各テーマの中で展開されていた。
ここで特に強調されたのは、宣教は命の創造者、救済者、保持者である三位一体の神の業であること、命がその充溢した豊かな形においてあることを認めることは、イエス・キリストの究極の関心事であり、宣教そのものであること、聖霊は命に力を注ぎ、すべての創造されたものを新しくし、命を破壊するすべての勢力に抵抗し変革する務めが与えられている。そのことのために教会は仕え証しする機関であること。聖霊によって導かれる宣教は、中心から周辺に向かう運動ではなく、辺境、周辺に追いやられたものから福音の真実の証しがなされるゆえに、辺境の状況に耳を傾けなければならないこと、などである。
宣教は博愛の精神やヒューマニズムの共感において展開されるものではなく、三位一体論において展開され、特に聖霊の働きとしての宣教の強調が今回の大会の大きな進展であった。
また、東日本大震災とフクシマの放射能汚染についての世界の関心は高かったが、核エネルギーと核兵器の使用について今総会からの声明を出すようにとのわれわれの願いは、中央委員会付託という形となった。
毎回の全体会の初めにはイスラム教の代表者、ユダヤ教の代表者、パレスチナの教会の代表者、ローマ・カトリックの枢機卿、福音主義同盟の代表者などの挨拶があり、通り一遍の表敬ではなく、真の正義と平和による世界の一致に対する熱い願いが述べられたのは感動的であった。
今日、エキュメニズムの衰退が論じられる中で、それでもWCCが現代世界のキリスト者の宣教と証しを推進してゆく中で重要な位置を占めていることを確認させられる。「伝道に熱く燃える教団」を目指すわが教団は、世界のキリスト教会の一つの枝として、全体が担っている課題と方向を見据えながら、自らが果たすべき持ち場を確実に担って行くことの大切さを思わされる。(秋山徹報)