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メッセージ教会の外(病院)のアドヴェント
古旗 誠(目白教会牧師)
死ぬことなく、生き長らえて 主の御業を語り伝えよう。(詩編118・17)
今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。
(ルカによる福音書2・11〜12)
孤独の中にいる人たちを照らす光
待降節(アドヴェント)を迎えています。主の御降誕を待つ期間は、とても大切なときではないでしょうか。必ず来られると約束された主を待ち望むことは、何と喜ばしいことでしょう。アドヴェントは、心弾ませながら良き知らせを待つときであります。
一昨年、2019年のクリスマスは、牧師になって初めて教会の外で、しかも病院のベットの中で迎えました。それは牧師になって35年目の貴重なクリスマスの経験となりました。クリスマス・イヴの夜でしたが、ストレッチャーに寝かされた状態で移動している時、看護師の方が「わたしはクリスマス・イヴが嫌いなの」と静かに耳元で言われました。どうしてですかと聞くと、「みんながはしゃいでクリスマスを楽しんでいる時、病院では心と身体を病んだ方たちが孤独な思いで迎えているから」と言うのでした。
その方は、毎年クリスマスの時、他の看護師に代わって患者さんのお世話をしているのです。わたしが牧師と知って語りかけられたのです。その時、飼い葉桶に寝ている御子の姿を想い浮かべたのです。そして、「父なる神は、この病院の全ての人のために御子を遣わし、飼い葉桶(病院のベッド)の中に置かれたのです。その御子を大切にする人が幸せになるためなのです。今、この病院で病む人に寄り添っている人たちや患者と家族のところに御子は来られたのです。それがクリスマスです」とお伝えしました。
彼女はクリスチャンだと知ったのですが、初めてクリスマスが喜びとなったと語り、「ありがとうございました」と少し笑顔になってくれたのが、とても嬉しい経験でした。その後、自分のベッドに戻りましたが、とても新鮮なクリスマス・イヴの夜をいただきました。神への感謝の祈りをささげたのです。
「とこしえの光、それは自分の光の中だけで生きる者たちにとっては、それほど輝くことはないかもしれません。しかし、暗闇に生きる者には、羊飼いを照らした様に、輝きを放つのであります」(ローター・パーリット「とこしえの光が射し込み」、『光の降誕祭』〈教文館〉より)の言葉が、とても心に響きました。とこしえの光が、孤独な思いの中にいる人たちを照らしてくださっているのです。クリスマスは、絶望している人たちへのインマヌエル、寄り添ってくださる神の救いの御業であります。
「福音」の伝令者
その年のアドヴェントの第2週のことですが、朝から体調を崩し、歩行の困難さを覚え、近くの病院に行きました。診察の結果、大学病院に紹介され入院することになりました。その翌日には下半身の麻痺が進行し、歩行ができなくなってしまいました。そして、緊急手術を受けることになりました。難しい病気のために、発見が少し遅れるならば、おそらくかなり重い結果になりました。神の恵みだと理解していますが、専門医に出会うことが出来て、無事に手術が成功したことを感謝しました。
手術の日の朝の聖書の御言葉は、わたしにとってかけがえのない出会いとなりました。詩編118編17節「死ぬことなく、生きながらえて、主の御業を語り伝えよう」。とても意味深い聖句として迫るところがありました。「死ぬことなく生きながらえる」としたら、それは何のためなのでしょうか。詩編の作者は、主の御業を語り伝えるためであるとはっきりと告げるのです。それは私自身が生かされるとき、主の御業を新たな信仰をもって語り伝えなさいということです。詩編118編は、とても大切な御言葉となりました。
手術の後、麻酔が覚める頃、寄り添ってくれた連れ合いが、担当の医師が説明に来ることを教えてくれました。その間の時間は、不安ではなくとても嬉しい知らせを待つ人の心境でした。そして、担当の医師から、手術の成功を聞いたのです。そのとき、自分の心に「福音」という言葉が思い起こされたのです。「福音」という言葉は、待つことの希望と喜び、嬉しさを指しているのではないか。福音の伝令者が良き知らせであることを思わされたのです。
キリスト者にとっての福音とは何でしょうか。その伝令者とは誰でしょうか。それはイエス・キリストの御言葉であります。そして、イエス・キリストご自身であります。福音は、イエス・キリストの降誕の出来事に留まるのではなく、十字架と復活の良き知らせでもあるわけです。「福音」という言葉には、その様な喜ばしい内容が込められているのです。
入院生活の間、多くの出会いをいただきました。キリスト者であり、牧師であることが自然と伝わる中で、話をした人たちがいます。教会で牧師をしているときとは、随分異なる形で福音を伝える機会を賜ったのです。そこにはパウロが言う様に、弱さを用いたもう神が共におられ、欠けの多い器を通して豊かな恵みが伝えられていくという経験だったのです。
全てを益とする神の導き
現在、コロナ感染は国内で減少していますが、それぞれ教会は気をつけて礼拝をしておられるのではないでしょうか。厳しい状況の中でありますが、改めて気づかされたこともあります。それは礼拝がどれほど大事であるかということです。礼拝が教会の中心にあることを再確認させられました。同時に教会の交わりのかけがえのなさです。教会につながっている大切さを信徒一人一人が自覚することになりました。また、心の平安を求めて教会を訪ねてくる人たちが与えられています。その中から受洗者が与えられています。さらに、近隣に住む他教会員、他教派のキリスト者が、礼拝に参加しています。これまで出会うこともできなかった近隣のキリスト者との交わりをいただいています。
困難も多いのですが、全てのこと相働きて益とされる神の導きを感じる日々ではないでしょうか。
主の降誕を待ち望むときだからこそ、福音の喜びをいただいて参りましょう。
かつて教団で『働く人』という月刊誌を発行していた。1958年、教団の「職域伝道委員会」によって発刊され、2007年に廃刊に至った。「職域伝道」とは労働者を対象とする伝道のことで、50〜60年代の教団は「農村伝道」、「青年伝道」、「婦人伝道」と並べ「職域伝道」を掲げていた。当時の教団は働く人々にかかわる問題を意識していたのだ。
「働く」ことは人間の生きる営みの基本だ。そして、働き方、つまり雇用や労働の形は社会を根底で規定している。いま「働く」ことは深刻な問題を抱えている。過重な労働条件・格差と分断・不安定な雇用・低賃金といった過酷な重荷が、働く人、とりわけ若い世代を窮乏と絶望に追い込み、この社会に衰退と貧窮をもたらしている。そして教会もまたその枠組みから逃れられるわけではない。
「職域伝道」が掲げられていたころ、労働現場に身を投じていった伝道者が何人もいた。当時、北海道の炭鉱町の教会に赴任し労働者と共に炭鉱の作業現場にまで赴いた牧師が、数十人の犠牲者を出した炭鉱事故を報告する文章の中で、「地獄化した様相は、炭鉱のみならず各方面で進行している。教会の使命と責任は天国ではなく地獄の中にある」と記している。いま改めて「地獄化した」労働現場の中に教会の使命と責任があることを自覚すべきではないか。(教団総会副議長 久世そらち)
「エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら、その滅亡が近づいたことを悟りなさい。そのとき、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。都の中にいる人々は、そこから立ち退きなさい。田舎にいる人々は都に入ってはならない。書かれていることがことごとく実現する報復の日だからである。それらの日には、身重の女と乳飲み子を持つ女は不幸だ。この地には大きな苦しみがあり、この民には神の怒りが下るからである。人々は剣の刃に倒れ、捕虜となってあらゆる国に連れて行かれる。異邦人の時代が完了するまで、エルサレムは異邦人に踏み荒らされる。」「それから、太陽と月と星に徴が現れる。地上では海がどよめき荒れ狂うので、諸国の民は、なすすべを知らず、不安に陥る。人々は、この世界に何が起こるのかとおびえ、恐ろしさのあまり気を失うだろう。天体が揺り動かされるからである。そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る。このようなことが起こり始めたら、身を起こして頭を上げなさい。あなたがたの解放の時が近いからだ。」
「エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら、その滅亡が近づいたことを悟りなさい。そのとき、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。都の中にいる人々は、そこから立ち退きなさい。田舎にいる人々は都に入ってはならない。書かれていることがことごとく実現する報復の日だからである。それらの日には、身重の女と乳飲み子を持つ女は不幸だ。この地には大きな苦しみがあり、この民には神の怒りが下るからである。人々は剣の刃に倒れ、捕虜となってあらゆる国に連れて行かれる。異邦人の時代が完了するまで、エルサレムは異邦人に踏み荒らされる。」「それから、太陽と月と星に徴が現れる。地上では海がどよめき荒れ狂うので、諸国の民は、なすすべを知らず、不安に陥る。人々は、この世界に何が起こるのかとおびえ、恐ろしさのあまり気を失うだろう。天体が揺り動かされるからである。そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る。このようなことが起こり始めたら、身を起こして頭を上げなさい。あなたがたの解放の時が近いからだ。」
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