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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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【December 2017 No.395】A Christmas Sermon on Luke 2:1-20  “A Savior who would not Leave Us”

2018年1月5日

by Sasaki Michio, Kyodan vice-moderator

Pastor, Shizuoka Church, Tokai District

 

While telling the story of Christ’s birth, Luke repeats the phrase “lying in a manger” to reveal the image of the holy infant. This was also the sign by which the angels told the shepherds they would recognize the child. In a world of poverty and hardship, Jesus lays himself down on the earth. In a few words, Luke shows us that the Christ child puts himself in the midst of our actual walk in life. At the same time, Luke shows us that as we walk through our troubled lives, we are also put in the midst of Gods love.

 

As we await Christmas, we live in the reality of this world. In society and in our various lives, there really are not that many occasions of joy. Rather, we go through life carrying with us our pain and sorrow. As long as we are alive, we cannot escape that reality. This is true for any generation. The shepherds who received the angel’s news were taking care of their sheep out in the fields. It was a dangerous existence, allowing for little sleep. Daily subsistence in poverty and hardship was their existence. Life was lived while dozing. They had many troubles and sleepless days. But in the midst of that mundane existence, an angel brought them news of great joy. “Fear not, for behold, I bring you good news of great joy that will be for all the people. For unto you is born this day in the city of David a Savior, who is Christ the Lord. And this will be a sign for you: you will find a baby wrapped in swaddling cloths and lying in a manger.” (ESV) This reveals the truth and sign of Christ’s birth.

 

Moreover, the singing of the host of angels right after the announcement was a great contrast to the sign. God’s tremendous glory was lying in a poor manger. There was no room, bed, or proper baby clothing. All that was available were a few cloths, some straw, and a simple manger from which animals fed. There, our Lord Jesus laid himself as a newborn baby and revealed that image of himself to us. If the angel’s announcement had not been made, no one would have noticed the birth of this small child. But this is the way the hand of God works to accomplish God’s work in our world. God dwells with us in the reality of our pain and poverty and warms us with the warmth of God’s life.

 

The following words come from the scriptures: “For unto you is born this day . . . a Savior, who is Christ the Lord.” These words tell us of the work of salvation done through God’s hands, and they are the Gospel to be preached from that point on. Also, in the Apostles’ Creed, which we as a church confess, the crucifixion and resurrection are confessed, telling of the reality of God’s salvation.

 

In Luke’s gospel, where the nativity account is recorded, the word “returned” has many meanings attached to it. The angel Gabriel returned after announcing Jesus’ birth to Mary. After Mary stayed with Elizabeth, she returned. The angels who brought the news to the shepherds also returned. And the shepherds returned after beholding the holy infant in the manger. All of them accepted God’s will and returned. However, Jesus did not return to his throne but remained in the world with us. That Jesus continues to walk among us until he accomplishes the will of God. The joy of Christmas is to invite this person, Jesus, accept the salvation of God as our own, and give thanks for the joy of living in his love. Through the coming of the Holy Spirit, the reality of Immanuel and peace is manifest in our lives. (Tr. WJ)

「帰らない救い主」

ルカ2:1-20   佐々木美知夫(教団副議長・静岡教会牧師)

イ エス・キリストの降誕を告げるルカ伝の御言葉は「飼い葉桶に寝かされた」乳飲み子の姿を繰り返し記 しています。それが天使から羊飼いたちに示された救い主誕生のしるしでもありました。地上の貧しさや困難の中に主イエスが身を横たえてお られる。私たちの現実の歩みに幼子イエスが呑み込まれてゆく(自分を置かれる)ことをルカは短い言葉の中に表しています。そしてルカは同 時に、私たち人間が厳しい現実を歩みながらも神の愛の中に呑み込まれてゆく(置かれる)ことを描き出しています。

クリスマスを迎える私たちはこの世の現実の中に生きています。社会に於いても、それぞれの人生に於いても、幸いなことはそう多くありませ ん。むしろ苦しみや悲しみを担いながら私たちは歩んで行きます。生きるからには、そこから逃れることはできません。この姿はいつの時代に も言えることです。天使のみ告げを受けた羊飼いたちもまた野宿しながら羊の群れの番をしていました。危険と隣り合わせの寝ずの番です。そ こに彼らの日常があり、貧しさと労苦を抱える人間の姿がありました。人生は仮寝の宿です。悩み多く、眠れぬ日々を過ごすところです。しか しその中に天使は大きな喜びを語り始めます。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたが たのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけ るであろう。これがあなた方へのしるしである。」と。これはキリスト誕生の事実とそのしるしを示しています。しかもその直後に記される天 の大軍の賛美は、与えられているしるしとは余りにも対照的です。神の大いなる栄光が、貧しい飼い葉桶に置かれているのです。客間も用意さ れず、産着もベッドも無い。あるのはわずかな布きれと藁、そして家畜がいつも餌を食べている粗末な飼い葉桶です。その中に主イエスは身を 置き、生まれたばかりの幼子として御自身を示されるのです。天使のみ告げがなければ誰も知ることがなかったようないと小さき者の誕生でし た。しかし神はこのようにして救いの業を御自分の手で進めて行かれたのです。私たちの貧しさや困難という現実のただ中にその身を置かれ、 御自分の命の温もりでそこを温められる方が確かに来られたのです

御言葉には「あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。」とあります。この告げられた救いが神の御手に よって成し遂げられることを福音書はここから語り始めるのです。また教会の信仰告白である使徒信条も主の誕生を告げるところに十字架の死 と復活を告白し、神の救いの実現を語ります。

ルカによる福音書の主イエス誕生の物語には「帰った」という意味の言葉が多くあることに気づきます。天使ガブリエルは、マリアに主イエス の誕生を告げた後、去って行きます。そのマリアはエリサベトの許に滞在した後に自分の家に帰って行きます。キリストの誕生を羊飼いたちに 告げた天使も、神を賛美した天の大軍もまた天に去ります。そして飼い葉桶の幼子を探し当てた羊飼いたちも神をあがめ、賛美しながら帰って 行くのです。皆、神の御心を受け取って帰って行きます。しかし、御自分の御座に帰ることなく、私たちのところに留まり続ける方が居られま す。その方は救い主として、神の御心を成し遂げるまで私たちの中を歩んで行かれるのです。クリスマスの喜びはこの方をお迎えすることで す。そしてこの方に表される神の救いの御心を自らに頂き、神の愛の内に置かれた幸いを感謝することです。インマヌエルの事実と平安は、聖 霊なる神の臨在によって私たちに告げ知らされ、私たちに与えられています。 

43:21 わたしはこの民をわたしのために造った。彼らはわたしの栄誉を語らねばならない。
43:22 しかし、ヤコブよ、あなたはわたしを呼ばず/イスラエルよ、あなたはわたしを重荷とした。
43:23 あなたは羊をわたしへの焼き尽くす献げ物とせず/いけにえをもってわたしを敬おうとしなかった。わたしは穀物の献げ物のために/あなたを苦しめたことはない。乳香のために重荷を負わせたこともない。
43:24 あなたは香水萱をわたしのために買おうと/銀を量ることもせず/いけにえの脂肪をもって/わたしを飽き足らせようともしなかった。むしろ、あなたの罪のためにわたしを苦しめ/あなたの悪のために、わたしに重荷を負わせた。
43:25 わたし、このわたしは、わたし自身のために/あなたの背きの罪をぬぐい/あなたの罪を思い出さないことにする。
43:26 わたしに思い出させるならば/共に裁きに臨まなければならない。申し立てて、自分の正しさを立証してみよ。
43:27 あなたの始祖は罪を犯し/あなたを導く者らもわたしに背いた。
43:28 それゆえ、わたしは聖所の司らを汚し/ヤコブを絶滅に、イスラエルを汚辱にまかせた。

2018年1月4日

43:8 引き出せ、目があっても、見えぬ民を/耳があっても、聞こえぬ民を。
43:9 国々を一堂に集わせ、すべての民を集めよ。彼らの中に、このことを告げ/初めからのことを聞かせる者があろうか。自分たちの証人を立て、正しさを示し/聞く者に、そのとおりだ、と/言わせうる者があろうか。
43:10 わたしの証人はあなたたち/わたしが選んだわたしの僕だ、と主は言われる。あなたたちはわたしを知り、信じ/理解するであろう/わたしこそ主、わたしの前に神は造られず/わたしの後にも存在しないことを。
43:11 わたし、わたしが主である。わたしのほかに救い主はない。
43:12 わたしはあらかじめ告げ、そして救いを与え/あなたたちに、ほかに神はないことを知らせた。あなたたちがわたしの証人である、と/主は言われる。わたしは神
43:13 今より後も、わたしこそ主。わたしの手から救い出せる者はない。わたしが事を起こせば、誰が元に戻しえようか。
43:14 あなたたちを贖う方、イスラエルの聖なる神/主はこう言われる。わたしは、あなたたちのために/バビロンに人を遣わして、かんぬきをすべて下ろし/カルデア人を歓楽の船から引き下ろす。
43:15 わたしは主、あなたたちの聖なる神/イスラエルの創造主、あなたたちの王。
43:16 主はこう言われる。海の中に道を通し/恐るべき水の中に通路を開かれた方
43:17 戦車や馬、強大な軍隊を共に引き出し/彼らを倒して再び立つことを許さず/灯心のように消え去らせた方。
43:18 初めからのことを思い出すな。昔のことを思いめぐらすな。
43:19 見よ、新しいことをわたしは行う。今や、それは芽生えている。あなたたちはそれを悟らないのか。わたしは荒れ野に道を敷き/砂漠に大河を流れさせる。
43:20 野の獣、山犬や駝鳥もわたしをあがめる。荒れ野に水を、砂漠に大河を流れさせ/わたしの選んだ民に水を飲ませるからだ。

2018年1月3日

43:1 ヤコブよ、あなたを創造された主は/イスラエルよ、あなたを造られた主は/今、こう言われる。恐れるな、わたしはあなたを贖う。あなたはわたしのもの。わたしはあなたの名を呼ぶ。
43:2 水の中を通るときも、わたしはあなたと共にいる。大河の中を通っても、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、焼かれず/炎はあなたに燃えつかない。
43:3 わたしは主、あなたの神/イスラエルの聖なる神、あなたの救い主。わたしはエジプトをあなたの身代金とし/クシュとセバをあなたの代償とする。
43:4 わたしの目にあなたは価高く、貴く/わたしはあなたを愛し/あなたの身代わりとして人を与え/国々をあなたの魂の代わりとする。
43:5 恐れるな、わたしはあなたと共にいる。わたしは東からあなたの子孫を連れ帰り/西からあなたを集める。
43:6 北に向かっては、行かせよ、と/南に向かっては、引き止めるな、と言う。わたしの息子たちを遠くから/娘たちを地の果てから連れ帰れ、と言う。
43:7 彼らは皆、わたしの名によって呼ばれる者。わたしの栄光のために創造し/形づくり、完成した者。

2018年1月2日

42:10 新しい歌を主に向かって歌え。地の果てから主の栄誉を歌え。海に漕ぎ出す者、海に満ちるもの/島々とそこに住む者よ。
42:11 荒れ野とその町々よ。ケダル族の宿る村々よ、呼ばわれ。セラに住む者よ、喜び歌え。山々の頂から叫び声をあげよ。
42:12 主に栄光を帰し/主の栄誉を島々に告げ知らせよ。
42:13 主は、勇士のように出で立ち/戦士のように熱情を奮い起こし/叫びをあげ、鬨の声をあげ、敵を圧倒される。
42:14 わたしは決して声を立てず/黙して、自分を抑えてきた。今、わたしは子を産む女のようにあえぎ/激しく息を吸い、また息を吐く。
42:15 わたしは山も丘も廃虚とし、草をすべて枯らす。大河を島に変え、湖を干す。
42:16 目の見えない人を導いて知らない道を行かせ/通ったことのない道を歩かせる。行く手の闇を光に変え/曲がった道をまっすぐにする。わたしはこれらのことを成就させ/見捨てることはない。
42:17 偶像に依り頼む者/鋳た像に向かって/あなたたちがわたしたちの神、と言う者は/甚だしく恥を受けて退く。
42:18 耳の聞こえない人よ、聞け。目の見えない人よ、よく見よ。
42:19 わたしの僕ほど目の見えない者があろうか。わたしが遣わす者ほど/耳の聞こえない者があろうか。わたしが信任を与えた者ほど/目の見えない者/主の僕ほど目の見えない者があろうか。
42:20 多くのことが目に映っても何も見えず/耳が開いているのに、何も聞こえない。
42:21 主は御自分の正しさゆえに/教えを偉大なものとし、輝かすことを喜ばれる。
42:22 この民は略奪され、奪われ/皆、穴の中に捕らえられ、牢につながれている。略奪に遭っても、助け出す者はなく/奪われても、返せと言う者はない。
42:23 あなたたちの中にこれを聞き取る者があるか。後の日のために注意して聞く者があるか。
42:24 奪う者にヤコブを渡し/略奪する者にイスラエルを渡したのは誰か。それは主ではないか/この方にわたしたちも罪を犯した。彼らは主の道に歩もうとせず/その教えに聞き従おうとしなかった。
42:25 主は燃える怒りを注ぎ出し/激しい戦いを挑まれた。その炎に囲まれても、悟る者はなく/火が自分に燃え移っても、気づく者はなかった。

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