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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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ヨハネによる福音書6・1〜15

2018年11月12日

6:1その後、イエスはガリラヤ湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸に渡られた。

6:2大勢の群衆が後を追った。イエスが病人たちになさったしるしを見たからである。

6:3イエスは山に登り、弟子たちと一緒にそこにお座りになった。

6:4ユダヤ人の祭りである過越祭が近づいていた。

6:5イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て、フィリポに、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と言われたが、

6:6こう言ったのはフィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているか知っておられたのである。

6:7フィリポは、「めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう」と答えた。

6:8弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスに言った。

6:9「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」

6:10イエスは、「人々を座らせなさい」と言われた。そこには草がたくさん生えていた。男たちはそこに座ったが、その数はおよそ五千人であった。

6:11さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。

6:12人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と言われた。

6:13集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった。

6:14そこで、人々はイエスのなさったしるしを見て、「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」と言った。

6:15イエスは、人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしているのを知り、ひとりでまた山に退かれた。

2018年11月11日

18:1主はマムレの樫の木の所でアブラハムに現れた。暑い真昼に、アブラハムは天幕の入り口に座っていた。

18:2目を上げて見ると、三人の人が彼に向かって立っていた。アブラハムはすぐに天幕の入り口から走り出て迎え、地にひれ伏して、

18:3言った。「お客様、よろしければ、どうか、僕のもとを通り過ぎないでください。

18:4水を少々持って来させますから、足を洗って、木陰でどうぞひと休みなさってください。

18:5何か召し上がるものを調えますので、疲れをいやしてから、お出かけください。せっかく、僕の所の近くをお通りになったのですから。」その人たちは言った。「では、お言葉どおりにしましょう。」

18:6アブラハムは急いで天幕に戻り、サラのところに来て言った。「早く、上等の小麦粉を三セアほどこねて、パン菓子をこしらえなさい。」

18:7アブラハムは牛の群れのところへ走って行き、柔らかくておいしそうな子牛を選び、召し使いに渡し、急いで料理させた。

18:8アブラハムは、凝乳、乳、出来立ての子牛の料理などを運び、彼らの前に並べた。そして、彼らが木陰で食事をしている間、そばに立って給仕をした。

18:9彼らはアブラハムに尋ねた。「あなたの妻のサラはどこにいますか。」「はい、天幕の中におります」とアブラハムが答えると、

18:10彼らの一人が言った。「わたしは来年の今ごろ、必ずここにまた来ますが、そのころには、あなたの妻のサラに男の子が生まれているでしょう。」サラは、すぐ後ろの天幕の入り口で聞いていた。

18:11アブラハムもサラも多くの日を重ねて老人になっており、しかもサラは月のものがとうになくなっていた。

18:12サラはひそかに笑った。自分は年をとり、もはや楽しみがあるはずもなし、主人も年老いているのに、と思ったのである。

18:13主はアブラハムに言われた。「なぜサラは笑ったのか。なぜ年をとった自分に子供が生まれるはずがないと思ったのだ。

18:14主に不可能なことがあろうか。来年の今ごろ、わたしはここに戻ってくる。そのころ、サラには必ず男の子が生まれている。」

18:15サラは恐ろしくなり、打ち消して言った。「わたしは笑いませんでした。」主は言われた。「いや、あなたは確かに笑った。」

2018年11月10日

5:19そこで、イエスは彼らに言われた。「はっきり言っておく。子は、父のなさることを見なければ、自分からは何事もできない。父がなさることはなんでも、子もそのとおりにする。

5:20父は子を愛して、御自分のなさることをすべて子に示されるからである。また、これらのことよりも大きな業を子にお示しになって、あなたたちが驚くことになる。

5:21すなわち、父が死者を復活させて命をお与えになるように、子も、与えたいと思う者に命を与える。

5:22また、父はだれをも裁かず、裁きは一切子に任せておられる。

5:23すべての人が、父を敬うように、子をも敬うようになるためである。子を敬わない者は、子をお遣わしになった父をも敬わない。

5:24はっきり言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている。

5:25はっきり言っておく。死んだ者が神の子の声を聞く時が来る。今やその時である。その声を聞いた者は生きる。

5:26父は、御自身の内に命を持っておられるように、子にも自分の内に命を持つようにしてくださったからである。

5:27また、裁きを行う権能を子にお与えになった。子は人の子だからである。

5:28驚いてはならない。時が来ると、墓の中にいる者は皆、人の子の声を聞き、

5:29善を行った者は復活して命を受けるために、悪を行った者は復活して裁きを受けるために出て来るのだ。

5:30わたしは自分では何もできない。ただ、父から聞くままに裁く。わたしの裁きは正しい。わたしは自分の意志ではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行おうとするからである。」

5:31「もし、わたしが自分自身について証しをするなら、その証しは真実ではない。

5:32わたしについて証しをなさる方は別におられる。そして、その方がわたしについてなさる証しは真実であることを、わたしは知っている。

5:33あなたたちはヨハネのもとへ人を送ったが、彼は真理について証しをした。

5:34わたしは、人間による証しは受けない。しかし、あなたたちが救われるために、これらのことを言っておく。

5:35ヨハネは、燃えて輝くともし火であった。あなたたちは、しばらくの間その光のもとで喜び楽しもうとした。

5:36しかし、わたしにはヨハネの証しにまさる証しがある。父がわたしに成し遂げるようにお与えになった業、つまり、わたしが行っている業そのものが、父がわたしをお遣わしになったことを証ししている。

5:37また、わたしをお遣わしになった父が、わたしについて証しをしてくださる。あなたたちは、まだ父のお声を聞いたこともなければ、お姿を見たこともない。

5:38また、あなたたちは、自分の内に父のお言葉をとどめていない。父がお遣わしになった者を、あなたたちは信じないからである。

5:39あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しをするものだ。

5:40それなのに、あなたたちは、命を得るためにわたしのところへ来ようとしない。

5:41わたしは、人からの誉れは受けない。

5:42しかし、あなたたちの内には神への愛がないことを、わたしは知っている。

5:43わたしは父の名によって来たのに、あなたたちはわたしを受け入れない。もし、ほかの人が自分の名によって来れば、あなたたちは受け入れる。

5:44互いに相手からの誉れは受けるのに、唯一の神からの誉れは求めようとしないあなたたちには、どうして信じることができようか。

5:45わたしが父にあなたたちを訴えるなどと、考えてはならない。あなたたちを訴えるのは、あなたたちが頼りにしているモーセなのだ。

5:46あなたたちは、モーセを信じたのであれば、わたしをも信じたはずだ。モーセは、わたしについて書いているからである。

5:47しかし、モーセの書いたことを信じないのであれば、どうしてわたしが語ることを信じることができようか。」

2018年11月9日

5:1その後、ユダヤ人の祭りがあったので、イエスはエルサレムに上られた。

5:2エルサレムには羊の門の傍らに、ヘブライ語で「ベトザタ」と呼ばれる池があり、そこには五つの回廊があった。

5:3この回廊には、病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人などが、大勢横たわっていた。

5:3b‐4<底本に節が欠けている個所の異本による訳文>

彼らは、水が動くのを待っていた。それは、主の使いがときどき池に降りて来て、水が動くことがあり、水が動いたとき、真っ先に水に入る者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。†

 
5:5さて、そこに三十八年も病気で苦しんでいる人がいた。

5:6イエスは、その人が横たわっているのを見、また、もう長い間病気であるのを知って、「良くなりたいか」と言われた。

5:7病人は答えた。「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです。」

5:8イエスは言われた。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」

5:9すると、その人はすぐに良くなって、床を担いで歩きだした。その日は安息日であった。

5:10そこで、ユダヤ人たちは病気をいやしていただいた人に言った。「今日は安息日だ。だから床を担ぐことは、律法で許されていない。」

5:11しかし、その人は、「わたしをいやしてくださった方が、『床を担いで歩きなさい』と言われたのです」と答えた。

5:12彼らは、「お前に『床を担いで歩きなさい』と言ったのはだれだ」と尋ねた。

5:13しかし、病気をいやしていただいた人は、それがだれであるか知らなかった。イエスは、群衆がそこにいる間に、立ち去られたからである。

5:14その後、イエスは、神殿の境内でこの人に出会って言われた。「あなたは良くなったのだ。もう、罪を犯してはいけない。さもないと、もっと悪いことが起こるかもしれない。」

5:15この人は立ち去って、自分をいやしたのはイエスだと、ユダヤ人たちに知らせた。

5:16そのために、ユダヤ人たちはイエスを迫害し始めた。イエスが、安息日にこのようなことをしておられたからである。

5:17イエスはお答えになった。「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ。」

5:18このために、ユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうとねらうようになった。イエスが安息日を破るだけでなく、神を御自分の父と呼んで、御自身を神と等しい者とされたからである。

2018年11月8日

4:43二日後、イエスはそこを出発して、ガリラヤへ行かれた。

4:44イエスは自ら、「預言者は自分の故郷では敬われないものだ」とはっきり言われたことがある。

4:45ガリラヤにお着きになると、ガリラヤの人たちはイエスを歓迎した。彼らも祭りに行ったので、そのときエルサレムでイエスがなさったことをすべて、見ていたからである。

4:46イエスは、再びガリラヤのカナに行かれた。そこは、前にイエスが水をぶどう酒に変えられた所である。さて、カファルナウムに王の役人がいて、その息子が病気であった。

4:47この人は、イエスがユダヤからガリラヤに来られたと聞き、イエスのもとに行き、カファルナウムまで下って来て息子をいやしてくださるように頼んだ。息子が死にかかっていたからである。

4:48イエスは役人に、「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ、決して信じない」と言われた。

4:49役人は、「主よ、子供が死なないうちに、おいでください」と言った。

4:50イエスは言われた。「帰りなさい。あなたの息子は生きる。」その人は、イエスの言われた言葉を信じて帰って行った。

4:51ところが、下って行く途中、僕たちが迎えに来て、その子が生きていることを告げた。

4:52そこで、息子の病気が良くなった時刻を尋ねると、僕たちは、「きのうの午後一時に熱が下がりました」と言った。

4:53それは、イエスが「あなたの息子は生きる」と言われたのと同じ時刻であることを、この父親は知った。そして、彼もその家族もこぞって信じた。

4:54これは、イエスがユダヤからガリラヤに来てなされた、二回目のしるしである。

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