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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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【February 2020 No.406】From the General Secretary’s Desk: Pope Francis Visits Hiroshima and Tokyo

2020年2月29日

On Sunday, Nov. 24, Pope Francis of the Roman Catholic Church held a “Gathering for Peace” at Hiroshima Peace Memorial Park, and on Monday, Nov. 25, officiated at the “Papal Mass” at Tokyo Dome. Those of us from Protestant churches and representatives from other Japanese religions were invited to these gatherings and given the opportunity to hear the Pope’s message and to participate in the corporate prayer. At the meeting in Hiroshima, Kyodan Moderator Ishibashi Hideo also sat on the platform and received greetings from Pope Francis and shook hands with him. In Tokyo, in the mass that included the corporate prayers of believers from various Asian countries, liturgical scripture readings, and ceremonial greetings, there were many Kyodan-related persons who were invited and attended.

 

The message of Pope Francis at Hiroshima, on the one hand, was that “the victims who experienced the atomic bomb can appeal to all the world together against the threat and inhumanity of atomic weapons beyond all human difference and religion.” I heard that he also pointed out the irrationality and criminal nature of those who acquiesce in the preparation for the use of atomic weapons while mouthing peace, urging Japan to awaken from seeking a peaceful life under the nuclear umbrella of the United States. I was impressed by the stance of Pope Francis, who greeted the A-bomb victims at the beginning of the meeting, taking their hands while listening to the each one’s remarks.

 

The field and stands at Tokyo Dome were filled to capacity as Pope Francis appeared, riding in a car and circling the hall amidst the ovation of a crowd of 50,000 people. He had the car stop along the way when he saw children, took them up in his arms, and blessed them. Then he went up to the platform, where he presided over the worship service. In his sermon, he took scripture from the beginning of Genesis and the Lord Jesus’ Sermon on the Mount, first of all pointing out the importance of climbing the mountain with the Lord Jesus and from there looking back upon oneself and the world; then with thankfulness and joy accepting the world and the life that God has made, as it is, and accepting not only one’s own life but also accepting all the life that fills others and the world; then realizing that we are called to live together, being led by the prayer: “Oh Lord, in order to protect all life, in order to open the way for the best possible future, take hold of us by your power and light.” Pope Francis well understands the disregarded, devalued person’s pain and loneliness, which is spreading particularly among the youth of Japan, and speaks to their hearts, “Don’t worry. Seek God’s kingdom and righteousness”—words that make us feel his desire to deliver the light of the words of the Lord Jesus. His final appeal to Christians that the work of the church in today’s society is to become a “field hospital” to receive wounded persons made a strong impact on me. I rejoice that through the visit of Pope Francis to Japan, the Word has been spoken, has been heard, and has become an opportunity to bring life to the closed-hearted insensitivity to grace from above that is evident within present-day Japanese society and among Roman Catholics as well as Protestants. (Tr. RT)

 

                           —Akiyama Toru, general secretary

 

教皇フランシスコ日本訪問

             秋 山  徹

 

 ローマ教皇フランシスコが11月24日(日)に、広島平和記念公園で「平和のための集い」を行い、翌25日(月)は東京ドームで「教皇ミサ」を行った。これらの集会にわれわれプロテスタントの教会や日本の諸宗教の代表者も招かれ、教皇からのメッセージと共同の祈りに参加する機会が与えられた。広島の集会では石橋秀雄教団議長も壇上で教皇からのあいさつを受け、握手を交わした。東京ではアジア各国の信者の共同祈願や、み言葉の典礼、感謝の典礼を含むミサに教団関係者も多く招かれ参加した。

 広島での教皇メッセージは、「原爆を経験した被爆者は、人種や宗教、あらゆる区別を超えて、共に核兵器の脅威と非道さを世界に訴えることができる」とする一方で、平和を口にしながら核の力を武器として備え用いることを容認する者の非倫理性・犯罪性を鋭く指摘し、米国の核の傘のもとに安住しようとする日本に覚醒を促すものだった。集会の初め、被爆者一人一人の言葉を聞きながら手を取って挨拶する姿が印象的だった。

 東京ドームでのミサは、フィールドとスタンドを埋め尽くす5万人の大会衆の歓呼の中を車に乗って登場し、場内を一巡、途中で幼い子供たちを見ると車を止めさせて子どもを抱き上げ祝福したのち登壇、教皇フランススコ主司式による礼拝が始まった。説教では、創世記の初めと主イエスの山上の説教のみ言葉から、まず主イエスとともに山に登り、そこから自分と世界を顧みることの大切さが指摘された。そして、神が造られた世界と命をそのままに感謝と喜びをもって受け入れなければならないこと、自分の命のことだけでなく他者と世界に満ちるすべての命を受け入れて共に生きることに招かれていることに気づかせ、「おお、主よ、すべてのいのちを守るため、よりよい未来をひらくため、あなたの力と光でわたしたちをとらえてください」との祈りに導かれるものだった。教皇が日本の、特に若者の間に広がる、無視され無価値にされている人々の痛みや孤独をよく知って、彼らの心に「思い煩うな。神の国と神の義とを求めよ」との主イエスの言葉の光を届けたいと、願っていることを感じさせる言葉だった。最後に、今日の社会における教会の働きとして、傷ついた人々を受け入れる「野戦病院」となれ、とキリスト者に訴えられたのは衝撃だった。この教皇訪日により、上からの福音に心を閉ざし冷え込んでいる今日の日本の社会に対して、カトリック、プロテスタントを含めて、み言葉が語られ、聞かれ、生かされる機会となったことを喜びたい。

2:1 わたしの兄弟たち、栄光に満ちた、わたしたちの主イエス・キリストを信じながら、人を分け隔てしてはなりません。

2:2 あなたがたの集まりに、金の指輪をはめた立派な身なりの人が入って来、また、汚らしい服装の貧しい人も入って来るとします。

2:3 その立派な身なりの人に特別に目を留めて、「あなたは、こちらの席にお掛けください」と言い、貧しい人には、「あなたは、そこに立っているか、わたしの足もとに座るかしていなさい」と言うなら、

2:4 あなたがたは、自分たちの中で差別をし、誤った考えに基づいて判断を下したことになるのではありませんか。

2:5 わたしの愛する兄弟たち、よく聞きなさい。神は世の貧しい人たちをあえて選んで、信仰に富ませ、御自身を愛する者に約束された国を、受け継ぐ者となさったではありませんか。

2:6 だが、あなたがたは、貧しい人を辱めた。富んでいる者たちこそ、あなたがたをひどい目に遭わせ、裁判所へ引っ張って行くではありませんか。

2:7 また彼らこそ、あなたがたに与えられたあの尊い名を、冒涜しているではないですか。

2:8 もしあなたがたが、聖書に従って、「隣人を自分のように愛しなさい」という最も尊い律法を実行しているのなら、それは結構なことです。

2:9 しかし、人を分け隔てするなら、あなたがたは罪を犯すことになり、律法によって違犯者と断定されます。

2:10 律法全体を守ったとしても、一つの点でおちどがあるなら、すべての点について有罪となるからです。

2:11 「姦淫するな」と言われた方は、「殺すな」とも言われました。そこで、たとえ姦淫はしなくても、人殺しをすれば、あなたは律法の違犯者になるのです。

2:12 自由をもたらす律法によっていずれは裁かれる者として、語り、またふるまいなさい。

2:13 人に憐れみをかけない者には、憐れみのない裁きが下されます。憐れみは裁きに打ち勝つのです。

2020年2月28日

1:12 試練を耐え忍ぶ人は幸いです。その人は適格者と認められ、神を愛する人々に約束された命の冠をいただくからです。

1:13 誘惑に遭うとき、だれも、「神に誘惑されている」と言ってはなりません。神は、悪の誘惑を受けるような方ではなく、また、御自分でも人を誘惑したりなさらないからです。

1:14 むしろ、人はそれぞれ、自分自身の欲望に引かれ、唆されて、誘惑に陥るのです。

1:15 そして、欲望ははらんで罪を生み、罪が熟して死を生みます。

1:16 わたしの愛する兄弟たち、思い違いをしてはいけません。

1:17 良い贈り物、完全な賜物はみな、上から、光の源である御父から来るのです。御父には、移り変わりも、天体の動きにつれて生ずる陰もありません。

1:18 御父は、御心のままに、真理の言葉によってわたしたちを生んでくださいました。それは、わたしたちを、いわば造られたものの初穂となさるためです。

1:19 わたしの愛する兄弟たち、よくわきまえていなさい。だれでも、聞くのに早く、話すのに遅く、また怒るのに遅いようにしなさい。

1:20 人の怒りは神の義を実現しないからです。

1:21 だから、あらゆる汚れやあふれるほどの悪を素直に捨て去り、心に植え付けられた御言葉を受け入れなさい。この御言葉は、あなたがたの魂を救うことができます。

1:22 御言葉を行う人になりなさい。自分を欺いて、聞くだけで終わる者になってはいけません。

1:23 御言葉を聞くだけで行わない者がいれば、その人は生まれつきの顔を鏡に映して眺める人に似ています。

1:24 鏡に映った自分の姿を眺めても、立ち去ると、それがどのようであったか、すぐに忘れてしまいます。

1:25 しかし、自由をもたらす完全な律法を一心に見つめ、これを守る人は、聞いて忘れてしまう人ではなく、行う人です。このような人は、その行いによって幸せになります。

1:26 自分は信心深い者だと思っても、舌を制することができず、自分の心を欺くならば、そのような人の信心は無意味です。

1:27 みなしごや、やもめが困っているときに世話をし、世の汚れに染まらないように自分を守ること、これこそ父である神の御前に清く汚れのない信心です。

2020年2月27日

1:1 神と主イエス・キリストの僕であるヤコブが、離散している十二部族の人たちに挨拶いたします。

1:2 わたしの兄弟たち、いろいろな試練に出会うときは、この上ない喜びと思いなさい。

1:3 信仰が試されることで忍耐が生じると、あなたがたは知っています。

1:4 あくまでも忍耐しなさい。そうすれば、完全で申し分なく、何一つ欠けたところのない人になります。

1:5 あなたがたの中で知恵の欠けている人がいれば、だれにでも惜しみなくとがめだてしないでお与えになる神に願いなさい。そうすれば、与えられます。

1:6 いささかも疑わず、信仰をもって願いなさい。疑う者は、風に吹かれて揺れ動く海の波に似ています。

1:7 そういう人は、主から何かいただけると思ってはなりません。

1:8 心が定まらず、生き方全体に安定を欠く人です。

1:9 貧しい兄弟は、自分が高められることを誇りに思いなさい。

1:10 また、富んでいる者は、自分が低くされることを誇りに思いなさい。富んでいる者は草花のように滅び去るからです。

1:11 日が昇り熱風が吹きつけると、草は枯れ、花は散り、その美しさは失せてしまいます。同じように、富んでいる者も、人生の半ばで消えうせるのです。

2020年2月26日

7:2 わたしたちに心を開いてください。わたしたちはだれにも不義を行わず、だれをも破滅させず、だれからもだまし取ったりしませんでした。

7:3 あなたがたを、責めるつもりで、こう言っているのではありません。前にも言ったように、あなたがたはわたしたちの心の中にいて、わたしたちと生死を共にしているのです。

7:4 わたしはあなたがたに厚い信頼を寄せており、あなたがたについて大いに誇っています。わたしは慰めに満たされており、どんな苦難のうちにあっても喜びに満ちあふれています。

7:5 マケドニア州に着いたとき、わたしたちの身には全く安らぎがなく、ことごとに苦しんでいました。外には戦い、内には恐れがあったのです。

7:6 しかし、気落ちした者を力づけてくださる神は、テトスの到着によってわたしたちを慰めてくださいました。

7:7 テトスが来てくれたことによってだけではなく、彼があなたがたから受けた慰めによっても、そうしてくださったのです。つまり、あなたがたがわたしを慕い、わたしのために嘆き悲しみ、わたしに対して熱心であることを彼が伝えてくれたので、わたしはいっそう喜んだのです。

7:8 あの手紙によってあなたがたを悲しませたとしても、わたしは後悔しません。確かに、あの手紙が一時にもせよ、あなたがたを悲しませたことは知っています。たとえ後悔したとしても、

7:9 今は喜んでいます。あなたがたがただ悲しんだからではなく、悲しんで悔い改めたからです。あなたがたが悲しんだのは神の御心に適ったことなので、わたしたちからは何の害も受けずに済みました。

7:10 神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします。

7:11 神の御心に適ったこの悲しみが、あなたがたにどれほどの熱心、弁明、憤り、恐れ、あこがれ、熱意、懲らしめをもたらしたことでしょう。例の事件に関しては、あなたがたは自分がすべての点で潔白であることを証明しました。

7:12 ですから、あなたがたに手紙を送ったのは、不義を行った者のためでも、その被害者のためでもなく、わたしたちに対するあなたがたの熱心を、神の御前であなたがたに明らかにするためでした。

7:13 こういうわけでわたしたちは慰められたのです。この慰めに加えて、テトスの喜ぶさまを見て、わたしたちはいっそう喜びました。彼の心があなたがた一同のお陰で元気づけられたからです。

7:14 わたしはあなたがたのことをテトスに少し誇りましたが、そのことで恥をかかずに済みました。それどころか、わたしたちはあなたがたにすべて真実を語ったように、テトスの前で誇ったことも真実となったのです。

7:15 テトスは、あなたがた一同が従順で、どんなに恐れおののいて歓迎してくれたかを思い起こして、ますますあなたがたに心を寄せています。

7:16 わたしは、すべての点であなたがたを信頼できることを喜んでいます。

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