The year 2009 was a particularly memorable year as it marked the 150th anniversary of Protestant Christianity in Japan. In preparation for its celebration, the Kyodan formed a committee that planned and carried out three main commemorative events. Recalling now each of those events, we can give thanks as we enter this new year.
June 24, at Fujimicho Church in Tokyo: On the same site that served as the venue for the organizing conference of the Kyodan in 1941, we held a service of commemoration for the 68th anniversary of the Kyodan, followed by a ceremony commemorating the 150th anniversary of Protestant evangelism in Japan. Sixty-one pastors who have been serving for 50 or more years were given a special commendation.
Nov. 22, at Tokyo Yamate Church: The church was packed with some 950 people for the Laity Rally under the banner of “Giving Thanks for 150 Years and Aiming for 200 Years Together With Our Lord.” At the opening worship service, Kyodan Moderator Yamakita Nobuhisa encouraged us all with his message, “Entrusted with the Gospel.” Following that, we were treated to a pictorial presentation that reviewed Christian evangelism over the past 150 years, and then a representative from each of the 17 districts gave a brief testimony of their faith as well as highlights from their districts.
We concluded the event with everyone singing together a song that had been written specifically for this event, entitled, “The Church Goes on Forever.” It was a very moving event and strengthened our resolve to increase our efforts in evangelism. The melody of the song was composed by Naito Shinya. The words, which were written by Tsunakawa Megumi, are as follows:
Verse 1. In 1859, foreign missionaries came to spread the word, and the history of a small church began. It has continued to this day through a strong faith in Jesus. We went through a bitter period of war and overcame numerous trials. The Church, as it goes from age to age, still exists, and there are so many people here now. From tomorrow, we aim toward the future and single-mindedly run the race, with the help of Jesus.
Verse 2. The gathering of the Church, through the fellowship groups of men and women and youth, as well as church school children, all come together to learn from Jesus. It is because these gospel seeds that have been planted continue to grow that the Church, as it goes from age to age, still exists, and there are so many people here now. Today, we work together to further the gospel, for we are the salt of the earth and the light of the world.
Verse 3. As a member of the Church and a child of the Church, what is it that I can do? Let’s put our minds together and find something to do for the evangelism of the Church for the Church, as it goes from age to age, still exists, and there are so many people here now. The Church will go on into the future forever, giving thanks to God the Father through our joyful prayers.
Nov. 23, at Aoyama Gakuin University: Approximately 1,500 people came together for a gathering of commemoration under the banner of “Christ: Our Salvation.” Saemoonan Presbyterian Church, the oldest church in Korea, sent its Yebon Choir to help celebrate the event, and former Kyodan moderator Ojima Seiji gave the sermon: “The ‘Foolishness’ of Evangelism.” Moderator Yamakita also gave his greetings and introduced the numerous foreign guests in attendance. Following that were two presentations, one by the former head of Fuji Bank and member of Hijirigaoka Church, Hashimoto Toru, who gave a talk entitled “The Role of the Layperson in Evangelism,” and the other by retired pastor Kato Tsuneaki, entitled “Lift Up Your Hearts.”
While looking back at the past 150 years, these sermons and presentations focused on the theme that the only true form of the biblical and apostolic Church is one that properly administers the sacraments, and so it is time to consider further the Church as it ought to be. (Tr. TB)
–Naito Tomeyuki, general secretary
2009年は日本にプロテスタント・キリスト教が伝道されて150年の記念すべき年でした。教団は記念事業準備委員会を立ち上げ、十分な準備の後、三つの大きな記念集会を実施しました。今、その一つ一つの集会をふりかえり、感謝の思いを新たにしています。
☆6/24(水)、富士見町教会(東京)を会場にして、教団創立68周年記念礼拝を行いました。(この教会は1941年教団創立総会が開かれた由緒ある教会)
礼拝後に日本伝道150年を記念して在任50年以上の現任牧師(61名)を表彰できたことは感謝。
☆11/22(日)夜、東京山手教会を会場にして信徒大会が行われました。「ありがとう150年、つなごう200年、主とともに」との兵庫を掲げ、超満員の信徒が集まりました(950名)。第一部礼拝。山北のぶひさ教団総会議長の「共に福音にあづかる」と題した説教に励まされました。第二部は映像を見ながら150年にわたる日本におけるキリスト教伝道の歴史を振り返り、第三部は全国17教区から一人づつ信仰の証しと教区報告がなされました。そして最後に超満員の全参加者で大会イメージ・ソング「いつまでも続く教会」を歌い、深い感動を覚えつつ、伝道に励もうとの志を強められました。「いつまでも続く教会」(作詞・つなかわめぐみ、作曲・内藤しんや)はこんな歌詞です。
1、1859年に外国から宣教師が来てみことばが伝えられ、小さな教会の歴史が始まった イエス様を信じる強い信仰をもって、この日まで。苦しい戦争の時代やいくつもの試練を乗り越えてきた。うつりゆく 時をこえて 教会は今もここにある。こんなに多くの人たちがここにいる。明日からも前を目指し、走り続ける ひたすらにキリスト・イエスに助けられ
2,教会の集いはいつでも教会の交わりの場をつくる 青年や婦人や壮年、教会学校の子たち、 イエス様の教えを聞いて だんだん大人になってゆく 福音の種は確実にこの地に播かれて育ってるから うつりゆく時をこえて 教会は今もここにある こんなに多くの人たちがここにいる 今日もまた 力をあわせ 伝えてゆこう 福音を 僕らは地の塩 世のひかり
3,教会の一人として教会の子として僕に 私に 何ができるのだろう自分たちで考えて 何かを見つけてしよう 教会の伝道のためにうつりゆく時をこえて 教会は今のここにある こんなに多くの人たちがここにいるいつまでもずっとずっと続けてゆこうこの教会 喜び祈って 感謝しつつ ららら・・・父なる神様 感謝します
☆11/23(月)祝日、青山学院講堂で「キリストこそ我が救い」との標語のもとに記念大会を行い、千数百名が参加しました。
礼拝では韓国で最古のセムナン教会(Saemoonan Presbyterian Church)イエボン讃美隊の奉仕があり、おじませいし前教団総会議長による説教「宣教という愚かな手段」に続いて礼拝後山北議長の挨拶があり更に、国内外の来賓の紹介、午後には橋本とおる氏(元富士銀行頭取・ひじりがおか教会員)の講演「伝道における信徒の役割」と加藤つねあき牧師の講演「心を高く上げよう!!」があり、150年の歴史を振り返ってみことばの説教と正しい聖礼典執行こそが聖書的使徒的教会の真の姿であると、教会のありかたが問われる時となりました。
昨夏の地震で傷ついた会堂等の修理がようやく終わり、一応の安心を持って礼拝を守らせて頂いている。本当に感謝である。それと共に年月を経た会堂の今後を考える現在である。具体的には10年後に会堂建築の事柄を始める必要がある。そしてその10年後の教会を深く思わせられるのである。教会員の高齢化といわゆる若年層の減少は私共の教会に於いても顕著である。10年後を思う時、与えられた使命を担う教会の姿をそこに喜びをもって展望できるかどうかは現在の大きな課題である。
2010年版の「教団年鑑」を見る限り、統計上の数字は私共に厳しいものを告げている。その現実が全国の諸教会にあることも明らかである。教会の姿や力は数字では計れない。しかし具体的にはその数字を抱えて教会は立ち、また使命を果たして行くのである。それ故にこそ、信仰内容の確立と伝道の進展という基本的な事柄がまた私共の急務となっている。そして教会間の信頼関係が全国の伝道に於いて必要な力となり、互いの働きへの祈りとなるのである。
10年後の教会とその課題を厳しい思いで見据えることは今後も必要であろう。しかしそれと共に10年後の教会を楽しみ待つことも必要となる。教会が与えられた使命を果たすことも、そのために会堂建築をすることも、みな喜びの業として与えられているものである。その喜びが主の再臨に向かっていることは、今も10年後も変わりない事実である。
(教団副議長 佐々木美知夫)
音楽と福音宣教と
「佐倉メサイアをうたう会」による「メサイア」演奏会が昨年5月に開催された。佐倉で同市民による「メサイア」の合唱は初めてのこと。作曲者のヘンデル没後250年も重なり画期的なコンサートとなった。
黒田尚子さんはプロのオルガン・チェンバロ奏者。夫である黒田直人牧師の佐倉教会赴任に伴い佐倉に移り住んで5年目、佐倉教会の聖歌隊の人数が他と比べて非常に多いのと、教会コンサートを行うと、いつも聴衆があふれてしまうことに驚いていたという。この経験をもとに、合唱が盛んな地域性を生かし、「佐倉メサイアをうたう会」を立ち上げ、代表を務めている。
最初は教会員有志20名でスタート、ヘンデルの「メサイア」初演が38人の合唱だったので、同じくらいで始めようと市民に呼びかけ、結果、今回は45人が集まった。中学生から年輩者まで年齢層は幅広く、半分が佐倉教会員とその家族、2割が他教会員、3割が市民という構成。教会と地域の交わりの機会としてとらえ、練習時には曲ごとに背景の聖書の説明に時間をかけ、祈りの時をもって終わるように心がけ、福音宣教の働きをも担う。ここから受洗者も与えられた。
また、地域に向けての働きかけとして、子ども聖歌隊を結成、次世代への伝道の助けとなるべく育てている。小学生により構成、月2回土曜日の練習で、花の日、子ども祝福、敬老会、クリスマスの礼拝奉仕や老人ホーム慰問の他、夏休みコンサートを開催。子どもが歌うことで、その家族、友人等、幅広く教会に足を踏み入れる機会を提供し、家族単位での教会とのつながりを与えられている。
すべてのきっかけとしての教会コンサートは、依然盛況で、地域への働きかけとして、力を注いでいる。
演奏家としての活動の他、広く全体教会での奉仕、また、牧師のパートナーとしての働きに、その賜物が用いられている。
戒規執行にいたる経過
二〇〇九年七月三一日付けで、当委員会宛てに「北村慈郎教師への戒規適用申立書」(申立人 小林貞夫)が寄せられた。当委員会はこれを受理し、委員会内に調査員会を設置し、申立て内容の事実関係について調査を実施した。
調査の一環として、調査員会が小林貞夫氏および北村慈郎教師に対して面談を申し入れたところ、小林氏は面談に応じたが、北村教師は三度にわたる面談の申し入れに対し応じなかった。よって調査員会では、これまで北村教師が書かれた文書および発言等を詳細に調査し、教師委員会に調査報告書を提出した。そして調査を終了した。
教師委員会ではその調査報告書を承認し、委員会において慎重に検討をした。 その結果、教規第一三五条、第一三六条、第一三八条によれば、教規は未受洗者は聖餐に陪しえないことを規定しているので、北村教師による未受洗者への配餐は教憲第一条違反であるとの結論に至った。
よって、慎重審議の結果、本教師委員会は次のように北村慈郎教師に対する戒規の適用を決定した。
(教師委員会)
免 職
日本基督教団 正教師 北村慈郎
上記の者、聖礼典執行に関し、度重なる勧告を受くるにもかかわらず、日本基督教団教憲および教規に違反し続けていることを認め、かつ、日本基督教団常議員として教会の徳を建つるに重大な責任を有する者たることに鑑み、教規第141条、戒規施行細則第1条及び第4条(4)により免職処分とする。
2010年1月26日 日本基督教団教師委員会 委員長 松井 睦
議長談話
北村慈郎教師に対する戒規適用の現実を重く厳しく受け止めています。
ここまできてしまった現実に痛みを覚えます。ここから生ずる事態の展開は想像を超えるものですが、主の導きを信じて誠実に対応していく所存です。
日本基督教団総会議長 山北宣久
主導権は神さまに
二宮 幸雄 (勝田教会牧師)
振り返ってみれば、私にとって「献身のとき」は2回ありました。
第一の時は教会に行き始めてまもなくでした。18歳で教会に行き始め、19歳で洗礼を受けて一年ほどの時、嬉しくて、天国を知らない多くの人に神さまの話をする「天国のセールスマン」になりたいと思いました。それには神学校に行き、牧師になることだと思いましたので、さっそく所属教会の牧師にそのことを話しました。すると答えは「10年早い。そういうことはまじめに信仰生活をした人の言うことだ」と言われました。
それからの10年が私にとっての第一の献身でした。神学校に行くには高校を出ていなければいけないと知り、勉強が始まりました。家庭の事情により、小学校を出ただけで働いていた私は、一時は途方に暮れましたが「途方にくれても行き詰まらない」(第二コリント4章8節)という御言葉に励まされて祈りました。
苦労の末に何とか道が開かれて近くの県立高校で、中学卒業検定試験をしていただき、定時制高校に入りました。教会生活はCS教師をしながら続けました。その間に家の経済も何とかなり、神学校に行けるようになりました。30歳でした。牧師先生が言われたとおりだとつくづく思わされました。献身を願うのは「自分の時」ですが、叶えられるのは「神さまが決めた時」でした。
神学校時代は6年間、経堂緑岡教会に出席し、深町正信先生の指導を受けました。すばらしい先生に恵まれたと今でも感謝しております。神学校での教育と共に、教会での訓練はその後の伝道者としての生き方に大きく、深く関係します。牧師館の玄関に掲げられていた御言葉の額に「キリストだに己を喜ばせ給はざりき」(ローマ書十五章三節)とありました。今だに私の心に響いています。
神学校卒業後、阿佐ヶ谷教会の伝道師になりました。そこでまたすばらしい先生方に出会いました。大村勇先生と大宮溥先生です。大村勇先生については、御言葉がそこに立っておられると感じる先生でした。特にローマ書11章22節「神の慈愛と峻厳とを見よ」との御言葉を思わせる先生でした。献身して、思いがけずいただいた恵みは、これらのすばらしい先生方に教えられ、導いていただいたことです。
第二の献身は、勝田教会主任牧師となり、23年が経過した時でした。「教会成長研修」の学びに誘われ、それに加えられたことです。そこで私に起こった献身の出来事は、一言で言えば「自分の持ち物をささげることではなく、自分自身をささげきることだ」ということです。
それまでは献身については、何かを我慢するというニュアンスがつきまといました。しかし自分自身をささげきることを通して、一切なくなりました。私は神さまの御手に握られた道具なのですから。本当に「献身者の生活はいと楽し」とその恵みを味わっています。すると神さまご自身のお働きが、私のお仕えしている教会を通して為されるという経験をしています。教会開拓が始まり、新たな出張伝道所が一つ出来ました。
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