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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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ユダの手紙17~25

2024年10月10日
愛する人たち、わたしたちの主イエス・キリストの使徒たちが前もって語った言葉を思い出しなさい。彼らはあなたがたにこう言いました。「終わりの時には、あざける者どもが現れ、不信心な欲望のままにふるまう。」この者たちは、分裂を引き起こし、この世の命のままに生き、霊を持たない者です。しかし、愛する人たち、あなたがたは最も聖なる信仰をよりどころとして生活しなさい。聖霊の導きの下に祈りなさい。 神の愛によって自分を守り、永遠の命へ導いてくださる、わたしたちの主イエス・キリストの憐れみを待ち望みなさい。疑いを抱いている人たちを憐れみなさい。ほかの人たちを火の中から引き出して助けなさい。また、ほかの人たちを用心しながら憐れみなさい。肉によって汚れてしまった彼らの下着さえも忌み嫌いなさい。
あなたがたを罪に陥らないように守り、また、喜びにあふれて非のうちどころのない者として、栄光に輝く御前に立たせることができる方、わたしたちの救い主である唯一の神に、わたしたちの主イエス・キリストを通して、栄光、威厳、力、権威が永遠の昔から、今も、永遠にいつまでもありますように、アーメン。
2024年10月9日
イエス・キリストの僕で、ヤコブの兄弟であるユダから、父である神に愛され、イエス・キリストに守られている召された人たちへ。 憐れみと平和と愛が、あなたがたにますます豊かに与えられるように。
愛する人たち、わたしたちが共にあずかる救いについて書き送りたいと、ひたすら願っておりました。あなたがたに手紙を書いて、聖なる者たちに一度伝えられた信仰のために戦うことを、勧めなければならないと思ったからです。なぜなら、ある者たち、つまり、次のような裁きを受けると昔から書かれている不信心な者たちが、ひそかに紛れ込んで来て、わたしたちの神の恵みをみだらな楽しみに変え、また、唯一の支配者であり、わたしたちの主であるイエス・キリストを否定しているからです。
あなたがたは万事心得ていますが、思い出してほしい。主は民を一度エジプトの地から救い出し、その後、信じなかった者たちを滅ぼされたのです。一方、自分の領分を守らないで、その住まいを見捨ててしまった天使たちを、大いなる日の裁きのために、永遠の鎖で縛り、暗闇の中に閉じ込められました。ソドムやゴモラ、またその周辺の町は、この天使たちと同じく、みだらな行いにふけり、不自然な肉の欲の満足を追い求めたので、永遠の火の刑罰を受け、見せしめにされています。
しかし、同じようにこの夢想家たちも、身を汚し、権威を認めようとはせず、栄光ある者たちをあざけるのです。大天使ミカエルは、モーセの遺体のことで悪魔と言い争ったとき、あえてののしって相手を裁こうとはせず、「主がお前を懲らしめてくださるように」と言いました。 この夢想家たちは、知らないことをののしり、分別のない動物のように、本能的に知っている事柄によって自滅します。 不幸な者たちです。彼らは「カインの道」をたどり、金もうけのために「バラムの迷い」に陥り、「コラの反逆」によって滅んでしまうのです。こういう者たちは、厚かましく食事に割り込み、わが身を養い、あなたがたの親ぼくの食事を汚すしみ、風に追われて雨を降らさぬ雲、実らず根こぎにされて枯れ果ててしまった晩秋の木、 わが身の恥を泡に吹き出す海の荒波、永遠に暗闇が待ちもうける迷い星です。
アダムから数えて七代目に当たるエノクも、彼らについてこう預言しました。「見よ、主は数知れない聖なる者たちを引き連れて来られる。 それは、すべての人を裁くため、また不信心な生き方をした者たちのすべての不信心な行い、および、不信心な罪人が主に対して口にしたすべての暴言について皆を責めるためである。」 こういう者たちは、自分の運命について不平不満を鳴らし、欲望のままにふるまい、大言壮語し、利益のために人にこびへつらいます。
2024年10月8日

〜東京・墨田区の皮革生産と油脂産業の街に学ぶ〜

 日本キリスト教協議会(NCC)部落差別問題委員会では 11 月 30 日(土)、東京・墨田区の被差別部落フィールドワークを行ないます。これは部落差別をなくすことを目的に企画しています。
 連続講座・第 3 回目は、と場から出る原皮が、皮革工場で皮革となることから具体的に考えます。皮革工場では皮(スキン) を鞣して革(レザー)を生産します。鞣しとは、皮のコラーゲン繊維を鞣し剤(鉱物や植物ポリフェノール)で架橋して、水を抜くと腐らない革になることです。その素材が被服や皮革製品となります。また、副産物の裏革はコラーゲン(膠、ゼラチン) 製造の原料になります。そして、美容、健康、食文化などに役割を果たしています。この講座では、産業・教育資料室きねがわ(
http:// kinegawa.com/index.html)の見学を通して、皮革と私たちの暮らしと文化、そして、部落差別の解消を考えます。

日時:2024 年 11 月 30 日(土)午前 10 時 30 分~ 15 時 30 分
場所: 産業・教育資料室きねがわ
集合場所:午前 10 / 京成線「八広」駅・2階改札口
参加費:1000 円(資料代)
定員:20 人(申し込み・先着順)
申し込み:NCC 部落差別問題委員会へ名前、所属、住所、 電話、メールを明記してメールで nccbdic☆gmail.com へお申し込みください。
※☆を@にかえてください

1.産業・教育資料室きねがわ
10:30
①木下川地区の産業と同和教育 岩田明夫(東京都同和教育研究協議会元会長 / 木下川資料運営委員会)(40分)
②ビデオ上映「木下川の皮革工場をみるー皮を革に変える―」(20 分 ) 企画 木下川資料運営委員会 11:30
③皮革の街フィールドワーク (30 分 )北川京子(部落解放同盟東京都連合会墨田支部)

12:15 昼食 (ベルクスで各自購入)

13:00
④資料室展示見学 (40 分 )
岩田明夫(東京都同和教育研究協議会元会長 / 木下川資料運営委員会)
13:40 休憩
13:50
⑤「木下川の部落解放運動と部落差別」(40 分 )
北川京子(部落解放同盟東京都連合会墨田支部)
14:30
⑥感想・懇談 (60 分 )

15:30 終了

主催 日本キリスト教協議会 部落差別問題委員会 新宿区西早稲田 2-3-18-24

20241130墨田フィールドワーク(チラシPDF)

わたしたちがローマに入ったとき、パウロは番兵を一人つけられたが、自分だけで住むことを許された。
三日の後、パウロはおもだったユダヤ人たちを招いた。彼らが集まって来たとき、こう言った。「兄弟たち、わたしは、民に対しても先祖の慣習に対しても、背くようなことは何一つしていないのに、エルサレムで囚人としてローマ人の手に引き渡されてしまいました。ローマ人はわたしを取り調べたのですが、死刑に相当する理由が何も無かったので、釈放しようと思ったのです。しかし、ユダヤ人たちが反対したので、わたしは皇帝に上訴せざるをえませんでした。これは、決して同胞を告発するためではありません。だからこそ、お会いして話し合いたいと、あなたがたにお願いしたのです。イスラエルが希望していることのために、わたしはこのように鎖でつながれているのです。」すると、ユダヤ人たちが言った。「私どもは、あなたのことについてユダヤから何の書面も受け取ってはおりませんし、また、ここに来た兄弟のだれ一人として、あなたについて何か悪いことを報告したことも、話したこともありませんでした。あなたの考えておられることを、直接お聞きしたい。この分派については、至るところで反対があることを耳にしているのです。」
そこで、ユダヤ人たちは日を決めて、大勢でパウロの宿舎にやって来た。パウロは、朝から晩まで説明を続けた。神の国について力強く証しし、モーセの律法や預言者の書を引用して、イエスについて説得しようとしたのである。ある者はパウロの言うことを受け入れたが、他の者は信じようとはしなかった。彼らが互いに意見が一致しないまま、立ち去ろうとしたとき、パウロはひと言次のように言った。「聖霊は、預言者イザヤを通して、実に正しくあなたがたの先祖に、語られました。
『この民のところへ行って言え。
あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず、
見るには見るが、決して認めない。
この民の心は鈍り、
耳は遠くなり、
目は閉じてしまった。
こうして、彼らは目で見ることなく、
耳で聞くことなく、
心で理解せず、立ち帰らない。
わたしは彼らをいやさない。』
だから、このことを知っていただきたい。この神の救いは異邦人に向けられました。彼らこそ、これに聞き従うのです。」 
パウロは、自費で借りた家に丸二年間住んで、訪問する者はだれかれとなく歓迎し、全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた。
2024年10月7日
わたしたちが助かったとき、この島がマルタと呼ばれていることが分かった。島の住民は大変親切にしてくれた。降る雨と寒さをしのぐためにたき火をたいて、わたしたち一同をもてなしてくれたのである。パウロが一束の枯れ枝を集めて火にくべると、一匹の蝮が熱気のために出て来て、その手に絡みついた。住民は彼の手にぶら下がっているこの生き物を見て、互いに言った。「この人はきっと人殺しにちがいない。海では助かったが、『正義の女神』はこの人を生かしておかないのだ。」ところが、パウロはその生き物を火の中に振り落とし、何の害も受けなかった。体がはれ上がるか、あるいは急に倒れて死ぬだろうと、彼らはパウロの様子をうかがっていた。しかし、いつまでたっても何も起こらないのを見て、考えを変え、「この人は神様だ」と言った。さて、この場所の近くに、島の長官でプブリウスという人の所有地があった。彼はわたしたちを歓迎して、三日間、手厚くもてなしてくれた。ときに、プブリウスの父親が熱病と下痢で床についていたので、パウロはその家に行って祈り、手を置いていやした。このことがあったので、島のほかの病人たちもやって来て、いやしてもらった。 それで、彼らはわたしたちに深く敬意を表し、船出のときには、わたしたちに必要な物を持って来てくれた。
三か月後、わたしたちは、この島で冬を越していたアレクサンドリアの船に乗って出航した。ディオスクロイを船印とする船であった。 わたしたちは、シラクサに寄港して三日間そこに滞在し、 ここから海岸沿いに進み、レギオンに着いた。一日たつと、南風が吹いて来たので、二日でプテオリに入港した。 わたしたちはそこで兄弟たちを見つけ、請われるままに七日間滞在した。こうして、わたしたちはローマに着いた。 ローマからは、兄弟たちがわたしたちのことを聞き伝えて、アピイフォルムとトレス・タベルネまで迎えに来てくれた。パウロは彼らを見て、神に感謝し、勇気づけられた。
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