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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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ヘブライ人への手紙4・11~16

2024年6月26日

 だから、わたしたちはこの安息にあずかるように努力しようではありませんか。さもないと、同じ不従順の例に倣って堕落する者が出るかもしれません。
というのは、神の言葉は生きており、力を発揮し、どんな両刃の剣よりも鋭く、精神と霊、関節と骨髄とを切り離すほどに刺し通して、心の思いや考えを見分けることができるからです。 更に、神の御前では隠れた被造物は一つもなく、すべてのものが神の目には裸であり、さらけ出されているのです。この神に対して、わたしたちは自分のことを申し述べねばなりません。

 さて、わたしたちには、もろもろの天を通過された偉大な大祭司、神の子イエスが与えられているのですから、わたしたちの公に言い表している信仰をしっかり保とうではありませんか。 この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。 だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けをいただくために、大胆に恵みの座に近づこうではありませんか。

2024年6月25日

 だから、神の安息にあずかる約束がまだ続いているのに、取り残されてしまったと思われる者があなたがたのうちから出ないように、気をつけましょう。 というのは、わたしたちにも彼ら同様に福音が告げ知らされているからです。けれども、彼らには聞いた言葉は役に立ちませんでした。その言葉が、それを聞いた人々と、信仰によって結び付かなかったためです。 信じたわたしたちは、この安息にあずかることができるのです。

「わたしは怒って誓ったように、
『彼らを決してわたしの安息に
あずからせはしない』」

 と言われたとおりです。もっとも、神の業は天地創造の時以来、既に出来上がっていたのです。 なぜなら、ある個所で七日目のことについて、「神は七日目にすべての業を終えて休まれた」と言われているからです。 そして、この個所でも改めて、「彼らを決してわたしの安息にあずからせはしない」と言われています。 そこで、この安息にあずかるはずの人々がまだ残っていることになり、また、先に福音を告げ知らされた人々が、不従順のためにあずからなかったのですから、 再び、神はある日を「今日」と決めて、かなりの時がたった後、既に引用したとおり、

「今日、あなたたちが神の声を聞くなら、
心をかたくなにしてはならない」

 とダビデを通して語られたのです。 もしヨシュアが彼らに安息を与えたとするのなら、神は後になって他の日について語られることはなかったでしょう。 それで、安息日の休みが神の民に残されているのです。 なぜなら、神の安息にあずかった者は、神が御業を終えて休まれたように、自分の業を終えて休んだからです。

2024年6月24日

 だから、天の召しにあずかっている聖なる兄弟たち、わたしたちが公に言い表している使者であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい。 モーセが神の家全体の中で忠実であったように、イエスは、御自身を立てた方に忠実であられました。 家を建てる人が家そのものよりも尊ばれるように、イエスはモーセより大きな栄光を受けるにふさわしい者とされました。 どんな家でもだれかが造るわけです。万物を造られたのは神なのです。 さて、モーセは将来語られるはずのことを証しするために、仕える者として神の家全体の中で忠実でしたが、 キリストは御子として神の家を忠実に治められるのです。もし確信と希望に満ちた誇りとを持ち続けるならば、わたしたちこそ神の家なのです。

 だから、聖霊がこう言われるとおりです。
「今日、あなたたちが神の声を聞くなら、
荒れ野で試練を受けたころ、
神に反抗したときのように、
心をかたくなにしてはならない。
荒れ野であなたたちの先祖は
わたしを試み、験し、
四十年の間わたしの業を見た。
だから、わたしは、その時代の者たちに対して
憤ってこう言った。
『彼らはいつも心が迷っており、
わたしの道を認めなかった。』
そのため、わたしは怒って誓った。
『彼らを決してわたしの安息に
あずからせはしない』と。」

 兄弟たち、あなたがたのうちに、信仰のない悪い心を抱いて、生ける神から離れてしまう者がないように注意しなさい。 あなたがたのうちだれ一人、罪に惑わされてかたくなにならないように、「今日」という日のうちに、日々励まし合いなさい。―― わたしたちは、最初の確信を最後までしっかりと持ち続けるなら、キリストに連なる者となるのです。―― それについては、次のように言われています。

「今日、あなたたちが神の声を聞くなら、
神に反抗したときのように、
心をかたくなにしてはならない。」
 いったいだれが、神の声を聞いたのに、反抗したのか。モーセを指導者としてエジプトを出たすべての者ではなかったか。 いったいだれに対して、神は四十年間憤られたのか。罪を犯して、死骸を荒れ野にさらした者に対してではなかったか。 いったいだれに対して、御自分の安息にあずからせはしないと、誓われたのか。従わなかった者に対してではなかったか。 このようにして、彼らが安息にあずかることができなかったのは、不信仰のせいであったことがわたしたちに分かるのです。

2024年6月23日

 だから、心に留めておきなさい。あなたがたは以前には肉によれば異邦人であり、いわゆる手による割礼を身に受けている人々からは、割礼のない者と呼ばれていました。 また、そのころは、キリストとかかわりなく、イスラエルの民に属さず、約束を含む契約と関係なく、この世の中で希望を持たず、神を知らずに生きていました。 しかしあなたがたは、以前は遠く離れていたが、今や、キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって近い者となったのです。

 実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、 規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、 十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。 キリストはおいでになり、遠く離れているあなたがたにも、また、近くにいる人々にも、平和の福音を告げ知らせられました。 それで、このキリストによってわたしたち両方の者が一つの霊に結ばれて、御父に近づくことができるのです。 従って、あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、 使徒や預言者という土台の上に建てられています。そのかなめ石はキリスト・イエス御自身であり、 キリストにおいて、この建物全体は組み合わされて成長し、主における聖なる神殿となります。 キリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなるのです。

2024年6月22日

母とイエス様にならいて

田口 美智さん

 田口さんの家庭集会はいつも明るく温かい雰囲気に包まれています。奈良のご自宅を開放して開かれる家庭集会には、多い時は15名ぐらいが集まり、まさに小さな教会です。聖書と讃美歌と手作りのお菓子を人数分ご用意されて、「こうして皆さんが集まってくださるのがとても嬉しいです」と一人一人を満面の笑顔で歓迎してくださいます。初めて参加される方も、温かいおもてなしと美味しいお菓子をご馳走になると、すぐに打ち解けて、会の終わりには笑顔で、「また来ます!」と喜んで帰られます。

 皆で讃美歌を歌い、聖書の御言葉を聞いた後、お茶をしながら御言葉を聞いた感想や最近の感謝な出来事を分かち合います。「最近、癌が見つかりました」、「認知症の家族の介護をしています」、「火事で家が全焼しました」…驚くような辛い出来事さえも、不思議に心を開いて一人一人が話し始めると、皆がじっと耳を傾けて話を聞きます。自分の話をされながら、思わず涙をこぼされる方もおられますが、最後には、「でも、今日はこの家庭集会に来られて皆さんに会えて本当に良かったです」と神様に感謝されます。

 田口さんは口癖のように、「私は本当に幸せです。息子や娘や孫たちに愛され、地域の方々も高齢の私を気遣ってくださって、こんなに感謝なことはありません」と言われます。敬愛されるお母様も晩年によく感謝の言葉を述べておられたそうです。お母様も周りの方々に心を込めてお仕えになりました。戦後の貧しい中で田舎に身を寄せてきた親戚を養い、地域の一人暮らしのお年寄りの家に電気を通してくれるように電力会社に交渉されたこともあったそうです。お母様とイエス様の愛にならって生きる田口さんに、私たちは励まされています。

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