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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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【4776号】日本基督教団 伝道推進室 《発足記念大阪大会》

2013年6月29日

♦日時 2013年7月13日(土)14:00〜16:30
♦場所 日本基督教団 大阪教会

《説教》「ひとりを捜し出す」
小島誠志氏(久万教会牧師、元教団議長)
《講演》「ゴルゴタの十字架の主と私たちの洗礼」
近藤勝彦氏(神学者、前東京神学大学学長)

御言葉に養われ、子どもと共に歩む者として

上尾合同教会付属の上尾富士見幼稚園主任の河原塚成江さんは、東京・足立区の愛恵学園で自由保育の中で育ったことが自らの原点だと語る。園長でもあったミス・ペイン宣教師が創立した愛恵学園は、子どもの親の教育にも熱心だった。両親は月一回揃って「両親の会」に行き、それで家庭も教育された。この時の経験は、今も息づくものとなっている。
幼稚園卒園後も、愛恵学園が勧める日曜学校に通い続けた。東京神学大学の神学生も多く関わる日曜学校だった。高校3年の時に受洗。幼稚園の先生になりたいと願い、聖和大学(現在は関西学院に合併)に入学。四年制の一期生となった。そして結婚。結婚後も働く意志はありながらも、2人の子どもが大きくなるまで幼稚園教師を退いた。その後、復職し、上尾富士見幼稚園に来て、もうすぐ20年になる。
今一つ、教会と幼稚園の働きが結びつかず、悩むことも多かった。しかし、秋山徹牧師と出会い、上尾合同教会で信仰生活をする中でほぐされていった。
家庭や子育ての問題は、自分の力だけで解決できないと思うこともある。その時に、牧師との相談を勧めることができる。何より、礼拝に家族で来てほしいと願う。主にすべてを委ね、命を養う御言葉に耳を傾けることで、語りあう言葉そのものが変わる。家庭で交わされる言葉が変わる時、その中で養われる子どもは途端に成長を始める。
御言葉に養われ、子どもたちと向き合う河原塚さんは、子どもたちと共に喜び、共に悲しみたいと願う。先日、幼稚園で飼っていたインコのピーちゃんが死んだ。死に立ち会う子どもたちと、死について考え、思い巡らした子どもの言葉に耳を傾け、語りあう。命の造り主である神様に向かいあう。
キリスト者であることも、幼稚園の先生であることもしっかり結びついた今、毎日は新しさに満ちている。

上尾富士見幼稚園主任。上尾合同教会員。

エキュメニカル協力奨学生を選考

第38総会期、第2回国際関係委員会が、5月17日、教団小会議室にて開催された。中道基夫委員長が開会祈祷を捧げた。
前回議事録確認の後、報告事項がなされた。
特にアメリカ合衆国長老教会(PCUSA)主催のPresbyterian Youth Triennium(7月16〜20日・於インディアナ州・パデュー大学)についての経過報告を行い、前年度エキュメニカル協力奨学生の2名(同志社大学、東京神学大学)から届いた報告書について説明がなされた。
今回の主な協議事項は2013年度エキュメニカル協力奨学金・奨学生選考に関する件であった。応募があった4名の資料をもとに長時間の議論が交わされた。
エキュメニカル協力奨学金とは、広い意味でエキュメニカルな相互理解と宣教協力に資するために日本において研究・研修に従事するアジア地域等からの留学生を支援するためのものである。
選考に際し、当奨学金の資金である「世界宣教の日」献金から繰入金があったこと、またPCUSAから女性教育のための献金があり、これを女性のための奨学金資金として繰り入れたことが報告された。
応募者はいずれも優秀で奨学金支給の必要性も高いことが察せられ、選考にあたっては委員一同の少なからぬ苦心があった。しかし、広い意味でエキュメニカルな宣教協力に貢献できることが奨学金支給にあたっての明確な目的であるため、その点に重きを置いて審議がなされた。その結果、2名の奨学生が選出された。
選考後、来年度のエキュメニル協力奨学生募集に関しても話し合いが持たれた。応募者の現状をより深く理解するために、申請書類の項目を工夫すること、募集要項の送り先を幅広くすることなどの意見が交わされた。
吉田新委員の祈祷をもって閉会した。
(望月麻生報)

小松川教会牧師 佐々木良子

ドイツ・ルター教会の要請により、日本基督教団から黒石教会・伊丹秀子牧師と共に派遣された。
東方正教会、ローマ・カトリック教会、プロテスタント教会、ユダヤ教のラビ等、世界中から延べ約30万人が集められたという。
この大会はこのようにエキュメニズムの取り組みの一つで、1949年に設立されドイツの州で隔年開催され、68年の歴史がある。34回目となる今年は5月1日~5日、ハンブルグにおいて「あなたが必要なぶんだけ」(Soviel
du brauchst 出エジプト記16章18節)のテーマのもとに開催された。
私たちはまず何が必要であるかを知る必要がある…。神はあなたの手を開いてくださり、良いもので満たされていることを知る。(詩編104編24~31節)これらを中心に、聖書研究や討論会等の集会、賛美、祈りコンサート等、毎日8時~22時30分まで開催された。2500もの豊富なプログラムが用意され、目を通しきれない程の分厚いガイドブックと会場までの路線地図、近辺の地図等が事前に与えられた。
開会・閉会礼拝以外は、ハンドブックから各自で興味あるプログラムを選び、街中の教会に電車やバスで移動する、という宝探しのような毎日だった。
開会礼拝は、市庁舎広場で行われたが、群衆に阻まれて行き着くことができず、遠巻きにスクリーンで見る状況だった。説教はテーマより、ハンブルグの女性牧師が語った。
祝辞をドイツ連邦大統領、ドイツ福音主義教会牧師のヨアヒム・ガウフが述べ、別の日には一クリスチャン、牧師として討論会等にも出席していた(新聞一面に写真付きで報道されていた)。メルケル首相も参加していたようである。
この大会のために学校は全て休校となり、学生たちが至る所で生き生きと奉仕しており、国のトップから、若者たちが一丸となって大会を支えていることには只々驚きであった。
閉会礼拝は、広大な市立公園に参加者が集められ、その様子は衛星中継で全世界に放映された。東方正教会の司祭が「キリストは甦られた」と宣言し、会衆一同が「彼は確かに甦られた」と、応答して始まった。ミカ書4章1~3節等から世界の平和が語られ、4~5節を共に交読した。合間に説教、賛美、聖歌隊、オーケストラ等が応答の形で組みこまれ、司式者と会衆との一体化を感じた。特に感動したのは、使徒信条、主の祈りを世界の人々と共に捧げたということである。
聖餐式は、司式者が宣言した後、隣人のために個々人が更に「これはあなたのために裂かれたキリストの体、流されたキリストの血潮」と言いながらパン皿、葡萄液の器を次々廻していくという貴重な体験をした。
さて、期間中は、アンゲリカさんというドイツ人のお宅にホームステイさせて頂いた。到着した日はわざわざ家族皆で空港まで出迎えて頂き感謝だった。
滞在中は集会に出る私のために昼食を持たせてくださったり、様々な心からのおもてなしを受けた。見ず知らずの外国人としてではなく、神の家族として歓迎してくださり、言葉で表せない感謝で一杯である。帰国した今もメールをやりとりさせて頂き、ドイツに家族ができたような思いである。
この大会に参加させて頂けたのは、神の憐れみと多く方々に支えられたと、心から感謝している。

今駒泰成氏(隠退教師)
13年3月25日逝去、87歳。東京都に生まれる。’57年日本聖書神学校を卒業。同年川崎教会に赴任、日本盲人キリスト教伝道協議会、再び川崎教会を経て、’78年より’89年まで豊島岡教会を牧会し、隠退した。
遺族は息・今駒伊佐久さん。

川名かね子氏(別帳教師)
13年3月27日逝去、92歳。東京都に生まれる。’48年日本基督教女子神学専門学校を卒業。同年より’49年まで東京教区に務め、’48年より’62年まで東中野教会を、その間’50年より’52年まで白金台教会を牧会した。
遺族は弟・川名政次郎さん。

柳田剛行氏(隠退教師)
13年4月4日逝去、61歳。東京都に生まれる。’88年農村伝道神学校を卒業。同年和田山地の塩伝道所に赴任、所沢みくに教会、橋本教会、台湾基督長老教会国際日語教会を経て、13年3月まで見付教会を牧会し、隠退した。
遺族は妻・柳田雅江さん。

木田献一氏(百人町教会担任教師)
13年4月14日逝去、82歳。岡山県に生まれる。’61年ニューヨーク・ユニオン神学校修士課程を修了、(’75年ミュンヘン大学にて神学博士号を取得)。青山学院大学、立教大学を経て、11年まで山梨英和学院に務めた。
遺族は妻・木田みな子さん。

河﨑洋子氏(無任所教師)
13年4月20日逝去、86歳。岡山県に生まれる。’50年同志社大学神学部を卒業。同年平安教会に赴任、’56年より’92年まで同志社大学に務めた。
遺族は弟・河﨑保也さん。

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