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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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【4783号】委員会コラム 信仰職制委員会

2013年10月12日

秩序ある健やかな教会として建つため 小堀 康彦

信仰職制委員会の職務は、①本教団の信仰告白に関する事項、②教憲および教規の解釈に関する事項、③礼拝・礼典および諸儀式に関する事項、④信仰および職制ならびに教会的機能に関する事項をつかさどる(教規44条)ことにあります。
日本基督教団は、幾つもの教派教会が合同して成立した教会ですから、教会の営みにおいて様々なあり方が有ります。しかし、互いにキリストの体である公同教会に連なり、福音主義教会としての共通の福音理解を持っています。この事を基礎として、日本基督教団が秩序ある健やかな教会して建っていくために仕えるのが当委員会の務めであると心得ています。
信仰および職制に関して、この案件をどのように扱うべきか分からない場合、当委員会に諮問が寄せられます。当委員会は信仰告白ならびに教憲・教規に照らして、答申を出すというあり方でそれに応えていきます。
答申は決定的な権威を持つものではなく、後に訂正されるということも十分にあります。しかし、日本基督教団における信仰職制上の公的解釈が示されるのですから、重みのあることであるに違いありません。
出された答申は、教団新報の委員会報告において報告されますが、紙面の都合上全文掲載とはいかない場合がほとんどです。全ての答申は、各教区事務所には届けられております。
ぜひ各個教会まで届けられるよう、各教区においてご配慮いただければ幸いです。
(信仰職制委員長)

東京教区東日本大震災募金委員会の委員7名が、9月4・5両日、宮城・福島県の被災地、被災教会を訪れた。東京教区は、中越地震以来、能登半島地震、東日本大震災で特設委員会を設けて、募金運動を展開しており、委員の大半は、長年募金運動を続けているが、被災地・被災教会の現状を知って、よりきめ細かな募金運動をしたいとの願いからだった。
第1日目は、地域別に見て最も犠牲者の多かった石巻市(行方不明者含め3946人/2013・7現在)を訪れ、石巻エマオの飯野久美子教団派遣専従者の案内で見て回った。
「がんばろう石巻」と書かれた門脇地区の献花台に立ち寄ると、掲示された写真で、オフィス、店舗の立ち並ぶ賑やかな通りだったことを知るが、瓦礫が撤去され、荒れ地となった今では、かつての殷賑ぶりは、想像し難い。献花台奥には、津浪到達標があり、6.9メートルと記されていた。
河口に近い旧北上川畔では、川の数メートル中まで縄の張り渡した所があり、かつて建物跡だという。地盤沈下しているので、訪れたとき、地面から数十センチにまで水が迫っていた。護岸工事は、ほんの一部出来ただけだ。
近くの日和山に向かうと、中腹から家並みが続き、展望台からは、平地一帯で大きな被害が出たことが分かる。石巻山城町教会は、山に続く高台にあるので、会堂壁にひびが入り、庭の一部が陥没した程度で、被害は軽微だった。関川祐一郎伝道師は、3・11の大震災当時、東神大卒業式に臨んでおり、3月30日、石巻一帯が瓦礫で埋まった中を赴任した。
訪問した日、奉仕最終日となった台湾基督長老教会のボランティア7人、大学生を中心とする国内各地からのボランティア、私たちの30人ほどで集会が始まった。関川伝道師は、ヨブ記によるメッセージの中で、「教会員35人のうち、半数が何らかの罹災をし、1人が家族を失った。当初は、津波への怒り、嘆きだったが、次第に生かされている感謝を口にするようになった。私たちは、神から幸いを戴いている。不幸をも受け入れようではないか」と語った。
台湾からのボランティアは、「8・8水害、台湾地震のとき、日本の方々に助けられた。神に導かれて、日本で奉仕出来て感謝している」「ワークしていて、ここまで水が来たと聞いて、想像出来なかった。貴重な経験が出来たことを感謝している」と殆どの人が涙を浮かべながら、感想を述べた。
2日目午前、仙台エマオの活動拠点、仙台市荒浜地区をエマオ・スタッフの菊池護さんの案内で訪れた。七郷中央公園には仮設住宅が建てられ、建設時より半減したが、34人の被災者が居住している。エマオの活動の一つ、「お茶っこクラブ」はその一隅にあり、日曜を除く毎朝8時半から9時半まで、体操の後、お茶を飲みながら話し合う。
この日は、札幌から福岡まで大学生を中心とする8人のボランティアが参加していた。クラブは午後3時まで開かれており、お年寄りの被災者にとって、貴重な社会との接点の場となっている。この地区だけで、186人の犠牲者が出て、海岸沿いに慰霊碑も出来上がった。「仮設は、あと1年半と聞いている。その先、どうしたらよいか」とお年寄りのつぶやきがあった。
午後、福島市の中心部にある福島教会を訪れた。福島教会は、教団救援対策本部が、被災教会65、全壊1、半壊14、一部破損50と認定した、ただ1つの全壊教会。1909年、ヴォーリズ設計の会堂の塔部分が傾むき、危険とのことで取り壊された。似田兼司牧師は、会堂が更地となり、無牧となった教会に2011年12月着任した。大阪で隠退生活を送っていたが、生地のすぐ近く、礼拝に通い受洗した教会の状況を知って、現場復帰を名乗り出たのだった。
今、現住40人、出席25人前後と、大震災前に比べ、若干減ったが、落ち着きを取り戻した。ただし、「子どもたちがいなくなった」。原発から60キロの福島市では、8月から除染作業が始まり、礼拝は、牧師館のある伝道館で行われており、近く除染作業が始まる。
今年4月の教会総会で、会堂再建が話し合われ、旧会堂に趣きの似た設計試案が示された。似田牧師は、「年内に基本設計を終え、来年春には工事開始、クリスマスに献堂式をしたい」と祈るように語った。
(永井清陽報/東京教区東日本大震災募金委員会)

部落解放青年ゼミナールは、教会に連なる青年たちが部落差別問題と出会い、考え、解放に向けて共に行動することを目的とし、毎年夏に行われています。今年は8月21日から24日にかけて、京都教区錦林教会を会場に開かれました。
参加者はのべ26名と、例年に比べ少ない中での開催でしたが、その分参加者ひとりひとりの思いを聴くときが十分に持てました。
今回のテーマは「差別で現場は怒っているんだ!」です。部落差別について学び、現代の差別に怒りながら解放をめざし、行動する人々と出会う機会を考えました。
そして、出会うだけでなく「では、自分は日常でどういう時に差別するのか、されるのか」と参加者が自分自身に問うときも持ちました。
また、解放をめざした先人たちの思いを知ることも大切にしました。1日目は全国水平社創立大会の碑〜耳塚・鼻塚〜豊国神社へ、2日目は同和問題をはじめ人権問題を広く学習できる京都市人権資料展示施設ツラッティ千本へ、フィールドワークしました。
また、実行委員が担当し、部落差別入門講座や狭山事件学習会を行いました。そして、聖書を読む会では、摂津富田教会の牧師であり、釜ヶ崎医療連絡会議代表を務める大谷隆夫さんに、釜ヶ崎の抱える問題(医療、仕事、住居等)から、ご自身が感じる「怒り」を聴きました。
「怒っている人に出会い、変えられ、自分も怒る」ことを目的とした今回の青年ゼミ。私は「怒り」を「熱い思い」と言い換えました。「熱い思いを持つ人に出会い、変えられ、自分も熱い思いになる」。人が決心し、立ち上がるときの原動力は「熱い思い」です。また、その「熱い思い」を共有できる仲間の存在は大きな励みとなります。「熱い思い」を抱き、仲間と共に歩み出す。復活したイエスにエマオで出会った弟子たちの姿と重なりました。
青年ゼミをいつも憶え、支え、「熱い思い」を届けて下さっていた皆様に感謝いたします。本当にありがとうございました。
(片岡正義報)

第38総会期の第2回信仰職制委員会が、8月23日、委員7名全員の出席により、教団会議室で行われた。
委員会の開催までに届いた諮問はなかったため、前総会期の委員会から引き継いだ「教憲の学び」と「式文の扱いの検討」を取り扱うこととした。
まず前総会期最後の委員会における深谷松男委員の発題「日本基督教団教憲について」を取り上げ、発題の原稿をもとにしながら、論点の理解を深めた。
カトリック教会の教会法は神の創造の秩序に基づいて、自然法を根拠とするが、プロテスタント教会の法は、神の和解の秩序に基づいて、神の啓示としてのイエス・キリストを根拠・源泉とするという意味で、実定教会法の根源となるべき「啓示教会法(キリストから発する法・深谷委員命名)」という概念をめぐって議論を深めた。
また、各個教会の現実においては、宗教法人法に基づく規則と教会法としての規則の区別が十分に整理されておらず、責任役員会と役員会の関係が混乱している事例もあるとの指摘を受けて、教会法の理解を深めていく必要を確認した。
さらに、会議制をめぐる教団と教区、各個教会の関係の混乱、宗教法人法における「包括団体」という概念が教会法にも影響を及ぼす誤り、「教会的権能」の問題等をめぐって協議した。
式文の扱いについては、信仰職制委員会の責任において、「試用版Ⅰ・Ⅱ」が出された経緯を振り返りながら、これを今期の信仰職制委員会としてどのように受けとめていくかを協議した。かつての「式文改訂小委員会」に対して、「礼拝指針の作成」と「式文の改訂」が委ねられたことを受けとめ、今後、礼拝指針をどのように位置づけていけばよいか、各教会での「試用版」の用いられ方や評価を踏まえつつ式文をどのように改訂していけばよいか、次回の委員会においてさらに検討することとした。
次回の委員会は、来年の1月20~21日(ただし、年内に諮問が出なければ、20日のみ)に行う予定。
(東野尚志報)

「復興」「安全」がぶつかり合う中、福音による救いをもたらすため

8月19〜21日及び9月2〜4日の日程で、福島県の諸教会、幼稚園、施設等を問安した。2度の問安で、18名の教師と25の教会に問安した。教師には会えなかったが様子を見に行った教会が7教会あった。幼稚園保育園等の付属施設を7つ、その他施設を1つ、計8つの付属施設を問安した。
福島の教会で大きな課題は、放射能汚染に関することである。教師や教会員、付属施設の教師や子どもたち、保護者に大きな問題としてのしかかっている。すべての人が同じ意見ではなく、意見の違いによって諍いが生じ、人と人との間が分断されることもある。
一番の問題は、「復興」と「安全」が矛盾する形でぶつかり合うことである。「復興」を優先させれば、放射線のリスクを過小評価することになり、根拠のない「安全宣言」が広告され、多くの人を被爆させることになる。「安全」を強調すると、福島から避難することが何よりも重要な安全確保になり、人口流出に拍車をかけ、あらゆる集まりが衰退していくことになる。そして、どちらの言い分が間違っており、どちらの言い分が正しいとは簡単には言えないところに、問題の深さと大きさがある。
町の復興に欠かせないのは、何よりも人口流出を防ぐことにある。そのためには、福島に暮らしても安全であることが強調される。福島県や市町村、そして町の復興を願う地元の人たちはこの立場にある。市の担当者から保育園に「市の水道水は安全だから、子どもたちに使用するように」との通達があったことも聞かされた。この教師は個人としては水道水を利用しているが、不安を感じている保護者たちに少しでも安心してもらうために、県外のペットボトルを使用していると返答した。しかしその対応が「町の復興の妨げ」として非難されるのである。
現在教団の教会で、原発事故によって2つの教会が活動を停止している。今回の問安で小高伝道所と浪江伝道所に訪れることが出来た。小高伝道所は手続きなしに行くことが出来たが、浪江伝道所は役所にて手続きをした上で教会の前まで行った。
車を走らせながら、その光景の異様さに胸が痛くなった。町そのものはそこにあるのに、人がいない。農地は雑草でぼこぼこになっている。信号のみが動き、パトカーが巡回している。原発事故によってある日突然、町が停止して、教会も礼拝が出来なくなり、付属幼稚園も保育が停止したのである。多くの祈りと、奉仕によって設立され、主の御業を担っていた2つの教会と付属幼稚園の現実を前にして、言葉を失うしかなかった。
復興を強調する人たちの気持ちも理解できる。彼らは自分の町が衰退していくことによってどうなるかということを、目に見える形で見ることが出来るのである。だからといって、放射線汚染の被害を覆い隠すことが正しいとは言えない。このジレンマが大きな重荷として、人の間を引き裂き、その苦しみは軽くなるのではなく日々重くなっているのが福島の現実である。
今回の問安で示されたことは、教団の豊かさである。以上のような困難を前にしても、教会や保育施設、諸施設はその歩みを前進させ、苦しむ人々に寄り添い、福音によって救いをもたらそうと懸命に歩んでいる。日本基督教団には多くの賜物を持った献身者たちがおり、福島の地でイエス様の御跡をたどる歩みをしている。東日本大震災による未曾有の試練の中で、教団の教会や諸施設は、力強く主の御業をそれぞれの地で行っている。その姿を見、その声を聴くことで、各地に注がれている聖霊の働きを豊かに感じることが出来た。
私たちに求められていることは、何よりも祈ることである。福島の地で奮闘している一人一人を憶えて祈り、聖霊の働きが更に豊かにされることを祈るのである。その祈りに押し出されて、私たちは献げものを感謝して献げていきたい。教団の救援献金は確実に執行され、支援に対する感謝の声を多く聴かされた。熱い祈りと献金によって、私たちは被災地の主の御業につながることができるのである。祈りと献金による連帯こそが、この困難の前に示された、私たちの奉仕の業であること強調し、問安報告としたい。
(吉澤永報)

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