8:18 現在の苦しみは、将来わたしたちに現されるはずの栄光に比べると、取るに足りないとわたしは思います。
8:19 被造物は、神の子たちの現れるのを切に待ち望んでいます。
8:20 被造物は虚無に服していますが、それは、自分の意志によるものではなく、服従させた方の意志によるものであり、同時に希望も持っています。
8:21 つまり、被造物も、いつか滅びへの隷属から解放されて、神の子供たちの栄光に輝く自由にあずかれるからです。
8:22 被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっていることを、わたしたちは知っています。
8:23 被造物だけでなく、“霊”の初穂をいただいているわたしたちも、神の子とされること、つまり、体の贖われることを、心の中でうめきながら待ち望んでいます。
8:24 わたしたちは、このような希望によって救われているのです。見えるものに対する希望は希望ではありません。現に見ているものをだれがなお望むでしょうか。
8:25 わたしたちは、目に見えないものを望んでいるなら、忍耐して待ち望むのです。
教団としてぜひ継続して取り組んでほしいと願う課題は多い。その一つが生命倫理の分野、特に医療現場における遺伝子研究に関わる課題ではないかと思っている。
かつて、キリスト教界においても「脳死と臓器移植」の問題が大きく取り上げられ、議論されたことがあった。しかし、最近のiPS細胞を使った再生医療の研究に関する倫理的な問題や、遺伝子検査による特定の病気の診断とその予防的対応(米国の女優が乳がんのリスクを減らすために予防的乳房切除を行った例など)といったことについては、事柄についての議論よりも、実際の研究の方がかなり進んでしまっているというのが現状である。
日本においては、これらの研究が進められる際には、各医療機関が設置している倫理委員会での審査を受けることが定められている。私は市立秋田総合病院で10年以上にわたって治験審査委員および倫理委員を務め、現在は秋田大学医学部倫理委員(外部委員)の一人としてその審査に関わっているが、近年、委員会に提出される案件は、その8割方がまさに遺伝子研究分野そのものである。
倫理委員は、遺伝子という“究極の個人情報”を研究の対象として扱うことに大きな畏れをもちつつ、その承認・不承認を決定しなければならないし、判断に迷うことも多い。まずは教団の教師・信徒で倫理委員の務めを担っている方たちと、可能な範囲で情報や意見交換をする場をもつことができないだろうかとのことを考えさせられている。
(教団総会書記 雲然俊美)
島田さんは現在大学3年生。高校1年生のクリスマスに洗礼を受け、キリストの枝に連なる一人とされた。そして自身の信仰と同時に伝道についても考えていた。しかし「伝道って難しいよな」と思いつつ年月だけが過ぎていた。
本年の2月11~18日、東北教区被災者支援ボランティアに参加した。奉仕の心を持って活動に臨んだが、被災された方々と接し、一緒にワークをして親しくなり、食事などでむしろ自分たちがもてなされ、しだいに被災者の方々との関係は家族のように身近で大切な存在となっていった。
被災の跡が残る地域に案内されたフィールドワークでは、一人一人が五感で感じ、祈るときとなった。案内された単立教会の跡地では、十字架が立っていた基礎だけが残り、そこに新たな柱と十字架を立てた場所があった。その基礎部分には、コリントの信徒への手紙一13章13節の御言葉、「信仰と希望と愛、この三つはいつまでも残る」と刻まれていた。これを見た瞬間鳥肌が立ったと言う。「教会を愛し、神さまを同様に信仰している者として、今自分が通っている教会のことを考えると、とても苦しくなり、実際に被災した方が絶望や悲しみや不安の中でこの言葉を選んだことが頭の中で想像され、心の奥底まで響いた」と感想を語る。
一週間の活動を通して感じたことは「人と人とのつながり」であった。「このような活動がいろんな場所で起こり、みんなが家族のような大切で身近に感じる関係を築き、それが大きくなっていけば、主の望まれる平和な世界になるのではないか」と言う。また、ノンクリスチャンの学生からキリスト教や教会について尋ねられ、人とのつながりが伝道の第一歩になると確信した。
振り返って、「教会の皆さまの献金や多くの方の祈りに支えられ、伝道や支援の在り方やボランティアとは何かを大いに考える時間が与えられたことを感謝している」と語った。
北海道生まれ、月寒教会員。
「部落解放九州教区キャラバン2013」を6月20日から7月3日まで、日本基督教団九州教区と部落解放センターの共催(主催・同実行委員会)で開催しました。キャラバン隊は小林明(部落解放センター主事・隊長)、隊員に応募してきた金耿昊(キムキョンホ)さん(在日大韓基督教会横須賀教会執事・大学院生)、大川祈さん(同志社大学神学部生)、前回の関東キャラバンにも参加した桝田翔希さん(同志社大学神学部生)の4名。部落差別がなくなることを願い、解放運動への熱い思いを伝えるために、また九州教区の各地の教会・伝道所で取り組んでいる方々との出会い、さらに新たな出会いを求めて九州教区を駆け巡りました。
九州キリスト教会館北九州分室で行われた出発式で各隊員は決意表明をし、梅崎浩二九州教区議長から力強い励ましと祝福をいただき、九州教区の方々の熱い祈りをもってキャラバン隊は送り出されました。その後、北九州、大分、宮崎、鹿児島、奄美、熊本、長崎、佐賀、福岡、筑後と九州教区の全地区を巡って計12回の集会を行いました。各集会では、それぞれの隊員がメインスピーカーを交代で担当して部落差別と取り組む熱い思いを語りました。また、狭山事件のアピールや部落解放センターの紹介も行いました。全ての会場で歌を歌い、集会を盛り立てました。
期間中、日曜日を2回挟みましたが、隊員がそれぞれ4つの教会に別れて礼拝を行い、礼拝の中などで語る機会が与えられました。さらに福岡地区では部キ連九州の研修会にお招きいただいて集会を行い、福岡女学院中高、福岡女学院大学、西南学院高校ではそれぞれを隊員が分担してチャペルで語らせていただきました。筑後地区では「九州教区部落解放講座/新任教師オリエンテーション」に参加し、プログラムの中で「キャラバン大集合」を行いました。
また、コースの途中で奄美大島、徳之島、川内原発、佐世保軍港、長崎市内、KUSコイノニア・センター(小野一郎先生宅)、小郡市人権教育啓発センターでフィールドワークや研修を行いました。瀬戸内教会のかな保育園では子どもたちとの交わりも与えられました。キャラバンカーの走行距離は1708・6キロ。奄美地区へはキャラバンカーを預けての移動でしたので、全行程2500キロの大移動でした。各地の集会、大集合には300人以上の方々が駆けつけて下さいました。学校、主日礼拝などを考えるととても数え切れない方々との出会いが与えられました。
部落解放センターは4年前に四国教区キャラバン、2年前に関東教区キャラバンを実施しました。各教区で行うキャラバンはこれで3回目です。7月2日に久留米東町教会で「キャラバン大集合」を行い参加者約50名とインターネット生放送を観ていただいた約120名が「部落差別が無くなりますように、部落解放を教会伝道所の課題として取り組もう」と祈ることができました。
部落差別とは、生まれ、家柄、出身地、居住地、職業等によって人間を判断し、差別する問題です。この部落差別によって苦しむ人々は、その暮らす地域で差別に耐えている現状があります。今回、ある被差別部落が地域にある集会で、参加者が「教会にキャラバン隊が来るから、みんな来てほしい」と知らせたら「今さら部落差別問題を…」「そんなことをするから部落差別が残る」と言われたと聞きました。また集会参加者の中からも、いわゆる「寝た子を起こすな論」の意見が出された場面もありました。被差別部落の地域でもそうでない地域でも、長年の差別意識から「少し我慢すれば」や「声を発するから差別がおこる」などの黙認や容認が日常生活の中に根強いことを改めて考えさせられました。
「差別されている側」の声を発せないような状態が続く限りいつまでも部落差別がなくなりません。長年にわたる部落差別解消への取り組みや行政の区画整理・地名変更等により、見た目には部落差別の現象は減少したかもしれませんが、今だ部落差別はしっかり残っています。これからもこの答えを部落解放センターから強く発信し続けて行きます。
約21年前に行った「全国キャラバン」や四国教区キャラバン、関東教区キャラバンは、長年部落差別に取り組んできたベテランの先輩方が自らの体験を元にしたテーマで話す集会でした。今回はメンバー3人が20代の青年でしたし、私自身、隊員としては初参加ながら隊長としての参加でしたので、知識や経験が不足している部分をお互いにカバーしながら、メンバー全員が、自分たちが準備してきた言葉や歌で一生懸命出来るだけのことをやって「部落差別解消を訴え、あらゆる差別を訴える」アピールをしました。各地で多くの方々に助けられました。多くの励ましが与えられました。各地の集会へ何度も足を運んでくださった先輩隊員もありました。時には厳しい叱咤激励もいただきました。今後のキャラバンへの提案もいただきました。深く感謝いたします。
今回のキャラバンに対していただいた提案は深く受け止めて今後のキャラバンに、また隊員一人一人の今後の取り組みに活かしていくことが出来ればと思います。
多田玲一実行委員長をはじめ、実行委員会の方々、九州教区、各地区の方々、そして各地で多くの方々にお世話になりましたことを深く感謝いたします。
「キャラバングッズ(扇子・手ぬぐい)」の素晴らしいデザインを、九州教区事務所の青戸みぎわさんが作ってくださいました。深く感謝いたします。
(小林明報)
菅原栄三氏(隠退教師)
13年6月3日逝去、81歳。愛媛県に生まれる。’57年同志社大学大学院を修了。同年沼田教会に赴任、’63年より’97年まで馬込教会を牧会し、隠退した。遺族は妻・菅原牧子さん。
髙田 弘氏(隠退教師)
13年6月15日逝去、73歳。北海道に生まれる。’69年農村伝道神学校を卒業。’72年置戸教会に赴任、01年まで牧会し、04年に隠退した。遺族は妻・髙田聖子さん。
加山宏路氏(隠退教師)
13年6月18日逝去、83歳。大阪府に生まれる。’69年プリンストン神学大学を卒業。’64年河内長野教会に赴任、大和郡山教会を経て、’76年より01年まで梅花学園女子大学に務め、隠退した。遺族は妻・加山従子(よりこ)さん。
新垣武夫氏(隠退教師)
11年11月6日逝去、78歳。’59年東京神学大学大学院を修了。’63年与那原教会に赴任、’69年ボストン大学神学部を卒業、同年佐敷教会に赴任、高原教会、真和志教会を経て那覇中央教会を牧会し、10年隠退した。遺族は妻・新垣光子さん。
石田泰子氏(隠退教師)
11年12月17日逝去、85歳。’52年日本聖書神学校を卒業。同年中野教会に赴任、聾者の伝道所を経て、’87年までエパタ教会を牧会し、隠退した。遺族は娘・石田路津子さん。
石原邦枝氏(無任所教師)
12年3月21日逝去、78歳。’88年日本聖書神学校を卒業。同年十条教会に赴任、’98年より00年まで与勝教会を牧会した。遺族は姪・石原千秋さん。
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