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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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コリントの信徒への手紙一13・1~13

2025年1月24日
たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル。たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。
愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。
愛は決して滅びない。預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう、わたしたちの知識は一部分、預言も一部分だから。完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう。幼子だったとき、わたしは幼子のように話し、幼子のように思い、幼子のように考えていた。成人した今、幼子のことを棄てた。わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。
2025年1月23日
体は一つでも、多くの部分から成り、体のすべての部分の数は多くても、体は一つであるように、キリストの場合も同様である。つまり、一つの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、皆一つの体となるために洗礼を受け、皆一つの霊をのませてもらったのです。体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。足が、「わたしは手ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。耳が、「わたしは目ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。もし体全体が目だったら、どこで聞きますか。もし全体が耳だったら、どこでにおいをかぎますか。そこで神は、御自分の望みのままに、体に一つ一つの部分を置かれたのです。すべてが一つの部分になってしまったら、どこに体というものがあるでしょう。だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。わたしたちは、体の中でほかよりも恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようとし、見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。見栄えのよい部分には、そうする必要はありません。神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。それで、体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。
あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。神は、教会の中にいろいろな人をお立てになりました。第一に使徒、第二に預言者、第三に教師、次に奇跡を行う者、その次に病気をいやす賜物を持つ者、援助する者、管理する者、異言を語る者などです。皆が使徒であろうか。皆が預言者であろうか。皆が教師であろうか。皆が奇跡を行う者であろうか。皆が病気をいやす賜物を持っているだろうか。皆が異言を語るだろうか。皆がそれを解釈するだろうか。あなたがたは、もっと大きな賜物を受けるよう熱心に努めなさい。
2025年1月22日
兄弟たち、霊的な賜物については、次のことはぜひ知っておいてほしい。あなたがたがまだ異教徒だったころ、誘われるままに、ものの言えない偶像のもとに連れて行かれたことを覚えているでしょう。ここであなたがたに言っておきたい。神の霊によって語る人は、だれも「イエスは神から見捨てられよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは言えないのです。
賜物にはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ霊です。務めにはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ主です。働きにはいろいろありますが、すべての場合にすべてのことをなさるのは同じ神です。一人一人に“霊”の働きが現れるのは、全体の益となるためです。ある人には“霊”によって知恵の言葉、ある人には同じ“霊”によって知識の言葉が与えられ、ある人にはその同じ“霊”によって信仰、ある人にはこの唯一の“霊”によって病気をいやす力、ある人には奇跡を行う力、ある人には預言する力、ある人には霊を見分ける力、ある人には種々の異言を語る力、ある人には異言を解釈する力が与えられています。これらすべてのことは、同じ唯一の“霊”の働きであって、“霊”は望むままに、それを一人一人に分け与えてくださるのです。
2025年1月21日
わたしがあなたがたに伝えたことは、わたし自身、主から受けたものです。すなわち、主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りをささげてそれを裂き、「これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。また、食事の後で、杯も同じようにして、「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです。
従って、ふさわしくないままで主のパンを食べたり、その杯を飲んだりする者は、主の体と血に対して罪を犯すことになります。だれでも、自分をよく確かめたうえで、そのパンを食べ、その杯から飲むべきです。主の体のことをわきまえずに飲み食いする者は、自分自身に対する裁きを飲み食いしているのです。そのため、あなたがたの間に弱い者や病人がたくさんおり、多くの者が死んだのです。わたしたちは、自分をわきまえていれば、裁かれはしません。裁かれるとすれば、それは、わたしたちが世と共に罪に定められることがないようにするための、主の懲らしめなのです。わたしの兄弟たち、こういうわけですから、食事のために集まるときには、互いに待ち合わせなさい。空腹の人は、家で食事を済ませなさい。裁かれるために集まる、というようなことにならないために。その他のことについては、わたしがそちらに行ったときに決めましょう。
2025年1月20日

カルト団体の接触に関する注意喚起(新天地)

 韓国発祥のキリスト教系団体である「新天地(新天地イエス教証拠幕屋聖殿)」が、2021年9月以降、日本各地の諸キリスト教会に対し、電話やメールなどを用いてオンラインセミナーや集会への参加を勧誘しているという報告が、各地の教会から寄せられています。また、2023年以降も、「同じ聖書を使っているのに、自分たちは異端と誤解を受け続けているので、教義について話し合い、誤解を解かせてほしい」と呼びかけるメールや手紙が多くの牧師に届いています。

 新天地は、李萬煕(イ・マニ)氏を代表とする団体であり、独特な聖書講義を通して李氏がメシアであるという教えを導いています。韓国における活動の特徴としては、新天地の信者が身分を隠して既存の教会に潜入し、長い時間をかけて教会の信頼を得たのちに、さらに新天地信者を連れてきて、教会を混乱に陥れ、最終的には新天地に属する牧師を招くことによって、新天地の教会にしてしまうという手法をとります。それにより、多くの既存教会が新天地に乗っ取られました。

 日本では、この新天地が関与するオンラインセミナーへの参加を促す直接訪問、あるいは電話での勧誘を受けたという報告が多くの教会から寄せられています。また、留学生を名乗る人物がオンライン礼拝を行っている教会に対して、電話もしくはメールで「友人の韓国人宣教師があなたの教会の宣教を手伝いたいと言っている」とか、宣教師を名乗る人物が「急に帰国しなければならなくなったので自分のところの信徒を引き継いで欲しい」といった虚偽の内容を伝え、潜入を目論む事例が見受けられます。

 その際に、自分たちが何者であるかを明らかにせず、韓国主要教団名を名乗って近づこうとします。また、HelloTalkなどの会話アプリやオンラインゲームのチャットを通して知り合ったメンバーが、正体と目的を隠して「心理学を教える」という名目で、青年や学生を引き込んでいるケースも見られます。

 さらに、偽装勧誘と並行して、新天地のメンバーであることを明かした上で、「聖書を基準にして、私たちが異端なのかどうか、直接、私たちの教理についてYouTubeを通じて判断していただければ幸いです」と呼びかける接触も行われています。このような団体の集会やセミナーに参加することは、参加した本人だけでなく、「○○も、○○も参加している」と聞かされた周りの人たちにも影響を及ぼすため、接触を拒むことが賢明です。

 また、新天地のみならず、類似の問題を持つ他団体からも、集会や聖書勉強会への勧誘、教会への接触が行われていることが報告されています。これら議論ある団体に関する詳細については、カルト問題キリスト教連絡会から発行している小冊子『カルトって知ってますか?』をご覧くださり、少しでも不審を感じたら、相談機関にお問い合わせください。

2025年1月20
日本基督教団 カルト問題連絡会

カルト団体の接触に関する注意喚起(PDF)

 


 

「信教の自由」を名目にした旧統一教会の接触に関する注意喚起

 昨年、文部科学省から、東京地方裁判所に世界平和統一家庭連合(旧統一協会)の解散命令請求が出されて以降、旧統一協会のメンバーが、キリスト教会や牧師を訪ね、「行政から宗教団体に対して解散命令を行うことは、信教の自由に反する不当な行為である」「信教の自由を守るために、同じ宗教者として協力してほしい」というように、団体の擁護を求めて接触してくる事例が、複数報告されています。

 確かに、あるものを信じることや、宗教活動そのものを制限するために、国家が宗教団体の解散命令を行うのであれば、これは不当な行為です。しかし、その団体が、宗教活動という名目で、不法行為や人権侵害を行っているのであれば、法人格を持たせたまま放置することこそ、信教の自由の侵害をもたらします。

 なぜなら、信教の自由は、宗教を「信じる自由」と「信じない自由」の両方が尊重されて成立しますが、偽装勧誘や霊感商法・霊視商法に見られる悪質な手口は、明らかに「信じない自由」を奪い、個人の自己決定権を侵害するもので、単なる布教の域を超えているからです。

 「営業の自由があるから、企業の営業停止処分は不当である」という主張を安易に支持してしまった場合、悪徳企業が放置され、かえって健全な営業が脅かされるように、「信教の自由があるから宗教団体の解散命令は不当である」という主張も、安易に支持してしまうことで、反社会的な宗教団体が放置され、かえって健全な宗教活動が脅かされる恐れがあります。

 処分の目的が「被害の拡大を防ぐこと」なのか「信仰すること・宗教活動そのものを禁じること」なのか冷静に判断しなければなりません。解散命令請求を受けた団体が、「信教の自由を守る」という名目で、理解や協力を求めるとき、処分の目的を意図的に歪ませ、自分たちを擁護することに加担させようとしてないか、宗教者も、教育者も、メディア関係者も、慎重に見極める責任があります。

 昨年11月に、カトリック中央協議会、在日大韓基督教会、日本イエス・キリスト教団、日本基督教団、日本聖公会、日本バプテスト連盟、日本福音ルーテル教会、日本キリスト教協議会が連名で出した『世界平和統一家庭連合(旧・統一協会)に対する解散命令請求に関する声明』でも述べられているように、旧統一教会は、法令に違反し、著しく公共の福祉を害する「破壊的カルト」と認識されています。

 そのような団体から、対外的な自己正当化のアピールに使われかねないアンケートの回答や、話し合いを求められた場合、安易に協力しないよう注意していただければ幸いです。

 

2025年120
日本基督教団カルト問題連絡会

「信教の自由」を名目にした旧統一協会の接触に関する注意喚起(PDF)


カルト対策に関する各学校へのお願い

 2009年に強姦致傷等で10年の実刑判決を受け、2023年に再び準強姦や強制わいせつなどで23年の実刑判決を受けた鄭明析(チョン・ミョンソク)が総裁の「キリスト教福音宣教会」(以下、通称名「摂理」)に、多くの大学生や中高生が取り込まれています。鄭明析は、旧統一教会(現:世界平和統一家庭連合)の元信者で、1979年頃に摂理の教会を創設して以降、信者に対する性的被害を相次いで起こしてきた人物です。

 摂理は、以前から正体や目的を隠した勧誘を行っており、現在では、SNSを駆使した偽装勧誘を行っています。同じ学校の先輩や卒業生を装って、ターゲットの投稿に「いいね」やコメントなどをつけ、良い印象を持たれた頃にメッセージを送って友達になり、やがて摂理のダミーサークルやフロント組織が主催する集会へ誘うようになります。

 自分たちの正体が摂理であることを明かすまで、半年から一年以上かけることもあり、すっかり関係ができあがってから正体を知らされたメンバーは、自分が騙されたとは思えません。むしろ、大切な仲間ができたと思い、摂理から引き離そうとする家族や友人を「サタン」と恐れ、距離を置くようになってしまいます。

 同様の手法で、オウム真理教の後継団体の一つである「アレフ」も、若い人たちを取り込んでいます。最初は、「こころの相談室」や「メンタルヘルス講座」などを主催する団体としてターゲットにメッセージを送り、相談や勉強会を重ねて信頼関係を築いた後、「地下鉄サリン事件などはオウム真理教以外の者による陰謀である」などと説明して、団体に対する抵抗感を持たないように誘導します。

 他にも、外国の言語を学習するためのアプリを使って、何も知らないターゲットと仲良くなり、自分たちの主催するオンラインセミナーや集会に誘おうとする団体や、オンラインゲームのチャットを通して関係を築き、「一緒に心理学の勉強をしてみないか?」と誘う団体もあります。実際に、誘われた集会や勉強会へ行くようになると、最初に告げられた目的とは異なる宗教の教えを学ぶ勉強へ、徐々に移行していきます。

 中には、素直な生徒や学生を勧誘させるため、先に、学校の教師を取り込もうとする団体もあります。環境問題、SDGs、世界平和、人権問題、信教の自由などをテーマにした講演会や勉強会に、大学の教師を講師として呼んだり、宗教間対話や超教派の勉強会を名目に、ミッションスクールの宗教主事へ参加を呼びかけたりすることもあります。

 このように、多くの破壊的カルトは、大学キャンパスでの警戒や対策が進むにつれて、より巧妙な偽装勧誘を模索し、対策が手薄な中高生に対象を広げてきています。各学校においても、生徒や学生に対する注意喚起、教職員への研修を通して、対策を強化していただけるよう、どうかよろしくお願いします。

 

2025年120
日本基督教団カルト問題連絡会

カルト対策に関する各学校へのお願い(PDF)

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