笠利 睦氏(別帳教師)
14年4月1日逝去、92歳。兵庫県に生まれる。41年青山学院神学部女子部を卒業。44年より48年まで神戸天城教会を牧会。
遺族は、息・笠利和彦さん。
武藤幸代氏(無任所教師)
14年7月29日逝去、82歳。千葉県に生まれる。61年日本聖書神学校を卒業。62年から67年まで鶴見教会を牧会。
遺族は、夫・武藤功さん。
「宮崎は地方か」と問われるならば、おそらく「はい」と言えるかもしれません。しかし、私が遣わされています宮崎中部教会は宮崎市の中心部にある教会です。近隣の住人の移り変わりは多く、教会の両隣にはマンションが建っています。歩いて5分もしないところに宮崎一の繁華街があり、教会よりも古くからこの地に住んでいる人は数えるほどです。礼拝に出席している方々も元々は県外出身である方が多いです。その意味では「宮崎は地方か」と問われるならば「はい」と答えられますが、「宮崎中部教会は地方型教会か」と問われるならば、「どちらかと言えば都市型教会です」と答えることになると思います。そのような状況の中で礼拝・伝道・牧会に励んでおりますので、そのような話になるかもしれません。
私がこの地で伝道していく中で気づかされたことは、伝道という言葉が意外な事に関係しているという事実でした。ある時伝道について話し合っておりますと、教会員の方々が「伝道」という言葉で「路傍伝道」のようなものをイメージしていることが分かってきました。「全ての人に宣べ伝える」ということを、道行く人を呼び止めて聖書の話をするようなことだとイメージされていました。
そこで私は疑問が湧きました。それは、「全ての人」の中には家族や身近な友人、知人も含まれているはずです。しかしそのことが特別意識されていない。そのことを指摘すると、伝道の話し合いは自分の身近な人をどうやって教会に招くかという方向に変わっていきました。
その結果見えてきたことは、「礼拝の充実」ということでした。伝道のために様々なイベントを行う必要もあります。しかし、そもそもその教会の礼拝に出席している人が、自分の身の回りの人を連れて来たいと思える礼拝でなければ意味がありません。また、初めて教会に来た方々も「これぞ聖書、これぞ教会」と呼べるものに触れられなければ、招かれた意味も分からなくなります。礼拝の喜びに生かされている者が、身近な方々にも同じ喜びに触れてもらいたいと願って伝道する。招かれた者たちも同じその喜びに生かされるようになっていく。そのために礼拝の充実を考えていきました。教会の頭なる主キリストの栄光が輝く礼拝を追い求め始めました。
このように、私が遣わされている地で気づかされたことは、伝道と教会形成は同じ方向性を持つということでした。時にこの二つは、まるで相反するもののように「教会の内と外」という言い方がなされます。もちろんそういった面があることは確かです。外を意識して配慮するべきことは沢山あります。内向きにしか分からない言葉や慣習といったものがあり、それらを伝道のために改善していくということもあります。しかし、教会の内と外は単純に区別できるものではないことに改めて気づかされました。特に伝道という言葉が持つ重要な側面についてはそうでした。
そしてこのことは、牧師の大きな課題となってきます。「礼拝の充実」は、すなわち説教の充実だからです。礼拝の項目を変更するだけで充実していくことはありません。それゆえ伝道の課題は毎週の説教にこそあると思わされるようになりました。
2015年春季教師検定試験を左記の要領で行います。
一、受験要綱の申し込み
受験要綱と教団指定の願書用紙は160円切手を同封し、正教師受験志願者か補教師(A、B、Cコースの別も)受験志願者かを明記した上、封書でお申し込みください。
なお、正教師受験志願者は「教師検定規則第12条②」によるものに限ります。
二、受験願書の提出
受験願書と必要書類を整えて、受験料とともに所属教区に提出してください。
①教区締切 2014年11月10日(月)
(教区により締切が早まる場合がありますので、教区事務所に確認してください)
②教団締切 2014年12月10日(水)
(各教区から教師検定委員会に提出する際の締切です)
*受験料は正教師1万3千円、補教師1万円
三、補教師について
①「説教」「釈義」の課題テキスト
旧約 出エジプト記3章11~15節
新約 ヨハネによる福音書20章24~29節
②コースによって「説教」「釈義」の提出内容が異なりますので、必ず受験要綱でご確認ください。
③補教師(CⅢコース)の牧会学の課題
『牧会とは何か』について論述してください。
④Aコースについては、教師検定規則第4条第3号にもとづく試験が実施されます。
同対象者は、神学校を通して説明をうけ、それにもとづく手続をおこなってください。
四、正教師について
受験志願者は、直接教師検定委員会までお問い合わせください。
五、提出物(説教、釈義、牧会学等)締切について
当委員会への提出締切日は、2014年12月15日(月)必着です。
六、学科試験と面接試験について
学科試験は2015年2月24日(火)、面接試験は2月25日(水)、2月26日(木)に東京・日本基督教団信濃町教会にて実施します。詳細は受験志願者に通知いたします。不明な点は直接、当委員会へお問い合せください。
2014年10月11日
日本基督教団教師検定委員会
〒1690072
東京都新宿区大久保1-7-18 4F
電話 (03)3202-0546
2年前に幼稚園の園長を退任し現場を離れた。自分が園長のときに園にいた子どもたちが、洗礼を受けて同じキリスト者として同じ礼拝を捧げている。これ以上の神様からのご褒美はないと語る。
教会に初めて足を踏み入れたのは小学校入学直前、疎開先の千葉でのこと。クリスチャンではない母親の勧めであり、西洋の文化に触れさせたいという思いからの勧めであったと感謝しつつ振り返る。
高校生時代から本格的に自覚的に教会に通い、毎日の寄り道はほぼ教会であった。多くいた仲間は高校卒業時に洗礼を受けたが、自分はその流れに乗るのが受け入れられず、周囲からは少し遅れて洗礼を受けた。同じ時期にキリスト教保育者としての歩みも始まった。信仰者としての歩みがそのまま保育者としての歩みと重なるのである。
仕えた幼稚園は3つ。本格的にキリスト教保育を学んだ経験がなかったため、基本的には実践でキリスト教保育の何たるかを学ばされたという。最初が肝心というが、最初の幼稚園での様々な出会いが、キリスト教保育者としての土台を確固なものとしたと思っている。特に、特別な支援が必要な子どもたちとの出会いは、この子たちのためにキリスト教保育があるのではないかと思わされるほどの神様からの宝物であった。
その後現場を離れ、キリスト教保育連盟という働き場が与えられたり、親の介護の苦闘の日々、その後の幼稚園現場の移動、そのすべてが神様が吹かせてくださった風であり、その風にただ乗るだけだったと亡き夫の言葉を引用する。
キリスト教保育者の基本は週毎の礼拝であり、それなくしてキリスト教保育はあり得ないと確信している。
最後に、もし自分にわが子が与えられたとしたなら、これほど恵まれたキリスト教保育者人生を過ごすことはできなかっただろうと神様に感謝を表した。
東京都出身、船橋教会教会員、キリスト教保育連盟関東部会長
19:28 イエスはこのように話してから、先に立って進み、エルサレムに上って行かれた。
19:29 そして、「オリーブ畑」と呼ばれる山のふもとにあるベトファゲとベタニアに近づいたとき、二人の弟子を使いに出そうとして、
19:30 言われた。「向こうの村へ行きなさい。そこに入ると、まだだれも乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。それをほどいて、引いて来なさい。
19:31 もし、だれかが、『なぜほどくのか』と尋ねたら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。」
19:32 使いに出された者たちが出かけて行くと、言われたとおりであった。
19:33 ろばの子をほどいていると、その持ち主たちが、「なぜ、子ろばをほどくのか」と言った。
19:34 二人は、「主がお入り用なのです」と言った。
19:35 そして、子ろばをイエスのところに引いて来て、その上に自分の服をかけ、イエスをお乗せした。
19:36 イエスが進んで行かれると、人々は自分の服を道に敷いた。
19:37 イエスがオリーブ山の下り坂にさしかかられたとき、弟子の群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた。
19:38 「主の名によって来られる方、王に、/祝福があるように。天には平和、/いと高きところには栄光。」
19:39 すると、ファリサイ派のある人々が、群衆の中からイエスに向かって、「先生、お弟子たちを叱ってください」と言った。
19:40 イエスはお答えになった。「言っておくが、もしこの人たちが黙れば、石が叫びだす。」
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