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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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【4822号】荒野の声

2015年6月20日

 5月連休明けの揺れ戻しがない新入園児たち。4月、新入園の子供たちは緊張の中で1ヶ月目を過ごす。朝、登園してお母さんとの別れを懸命に告げて幼稚園の1日をはじめる。それが5月連休明け揺れ戻しを起こす。今生の別れと言わんばかりの泣き声が再び聞こえるようになることが多い。しかし、今年は、ほとんど聞こえない。▼今年の子たちは、入園直後から活発に遊びを展開してきた。幼稚園が楽しくてたまらないようだ。プレスクールなどで母子分離を既に経験している子も多い。朝の「さよなら」がスムーズなのは、そのこともあるかもしれない。親として少し寂しい瞬間でもある。▼泣き叫びたい祈りがある。教団震災募金を閉じて直後、再びアジアで大きな震災が起こった。悲惨が止んだこと、涙が乾いたことは歴史上ひとときとしてない。東日本にも幾万の嘆きの涙が流され、この度も同じだ。すべての涙が拭われるときをひたすら祈る。▼わたしたちのどのような嘆きも及ぶことのできない祈りを祈り切られたお方がおられる。主は十字架を前に血のように汗を滴らせて祈られた、という。そのような祈りを、わたしたちは知らない。しかし、わたしたちの小さな嘆きを、涙を、叫びを知っていてくださるお方が、すべての涙が拭われる日を約束くださっている。

 4月13日、14日、教団会議室において、第39総会期第1回宣教委員会が開催された。

 今総会期の委員として招集されたのは宣教委員会のもとにある常設専門委員会委員長を含めて次の通り。米倉美佐男(招集者・札幌)、清藤淳(和歌山)、堀真知子(瀬戸キリスト)、釜土達雄(七尾)、古澤啓太(神戸東部)、北川善也(洛北)、吉澤永(愛知)、成田いうし(盤上・伝道)、具志堅篤(読谷・教育)、芳澤信(真和志・社会)。これら10名の委員に加えて、自主活動団体からの常時陪席者として、全国婦人会連合より渡辺多恵子(十貫坂・信徒)、全国教会幼稚園連絡会より古屋博規(軽井沢)、日本キリスト教保育所同盟より石井錦一(松戸)の3名、そして担当幹事の大三島義孝が加えられ、今総会期宣教委員会を構成する。

 開会にあたり、招集者の米倉委員の導きにより礼拝が献げられ、み言葉のもとにある委員会として始められた。委員の互選により委員長に、招集者の米倉委員、書記に清藤委員を選出。「障がい」を考える小委員会委員長に堀委員、吉澤委員を担当委員とし、その他協力委員を次回委員会に挙げることとした。

 協議を進めるにあたり、各委員の自己紹介、宣教委員会への抱負が語られ、また教規41条、および全総会期からの申し送り事項にもとづき委員会の働きと課題を確認した。

 今回協議された主なものとして、まず宣教方策会議の準備があげられた。実施に向けて課題の検討がなされたが、今回は大まかな方向性を定めるにとどめ継続審議とした。

 また構成メンバーに常設専門委員会委員長や自主活動団体の代表を置く宣教委員会は、縦割りの教団組織のなかで、横のつながりを作り出す役目を担っていることも確認された。

 その他、伝道推進室からなされた幼保一体化を巡る提言を受け止めていくこととしたほか、いくつかの課題を確認しつつ委員会を終えた。(清藤 淳報)

 教規46条の2には世界宣教委員会の働きが規定され、⑷として、その下にある6つの委員会を定めている。

 そのうちの3つは韓国、台湾、スイスの教会や宣教団体との協約のための委員会である。教団はその協約によって、それぞれの教会の教職を宣教師として迎え、教団の教師と同等の働きを委ねている。また、それぞれの教会に対して派遣する宣教師も同様である。これら3つの委員会は相手国の違いはあれ、扱う内容が等しいこともあり、委員会を合同で開催、委員もまた、それぞれを兼任するという提案が前総会期の世界宣教委員会からの申し送りに基づき決議された。

 その第1回の合同委員会が、5月8日に開催された。

 【組織】まず、合同委員会としての委員長(議事進行)を世界宣教委員である村山盛芳(南山)、書記に岸憲秀(千葉本町)を選任した。そのうえで3つの委員会の委員長をそれぞれ韓国=岸、台湾=ディヴァン・スクルマン宣教師(北海教区)、スイス=横山基生(志木)を選出した。

 【台湾関連】千葉台湾教会が現在無牧であることに契機とし、台湾教会の人事をめぐって、招聘制の秩序、台湾教会の特殊性、台湾基督長老教会との関係性を視野にいれて意見交換がなされた。また、台北にある国際日語教会の蔡裕栄長老(うすきみどり教師・夫)が先ごろ召されたことを受け、村山委員を現地に送ることが決定された。

 青年プログラムである「I love Taiwan mission 2015」は公募により2名がエントリーし、選考した結果、2名ともに派遣することとした。

 【韓国関連】教団は現在、韓国の3教会(イエス教長老会統合派、キリスト長老会、キリスト教大韓監理会)と協約を結んでいるが、締結してから今日に至るまで必ずしも深い交わりを成してきていない現実がある。にもかかわらず、現在、その3教会から多くの宣教師が教団において働き、また、2011年には初めて教団から宣教師を派遣、今年新たにもう一人派遣した。そのような経緯により、ぜひ近い将来、韓国3教会と教団との協議会を開けるよう、準備を進めることを決議した。(岸 憲秀報)

稲葉信一氏(中標津伝道所主任担任教師)
 15年2月27日逝去、62歳。静岡県に生まれる。89年農村伝道神学校卒業。同年より大台めぐみ、久居新生、福井神明、中標津伝道所を牧会。
 遺族は息・稲葉義也さん。

松田一路氏(隠退教師)
 15年4月2日逝去、92歳。福岡県に生まれる。45年日本基督教神学専門学校卒業。47年より世真留、羽犬塚、天草平安、日和佐、西伯法勝寺教会を経て、88年に隠退。
 遺族は娘・松田みくにさん。

 神のなさることはいつも「向こう側」からやって来ます。

 勿来教会の「東日本大震災4周年記念」礼拝も、向こう側からやって来ました。2015年3月8日その朝、礼拝の開始を告げるオルガンの音が小さな会堂に流れました。被災地の教会のために、祈りをこめて準備された「奉唱」が捧げられ、そして神の言葉が告げられました。「しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」(ルカ22・32)。

 説教者・松本周牧師ご自身、あの原発事故直後20日目にして現地に入り最初に訪れたのが、この勿来教会であったこと告げ、傷ついた会堂の前で祈る言葉さえ失い立ち尽くしたことを証しされました。

 震災以来毎年、いわき市にある日本基督教団の3教会(勿来、常磐、磐城)のために説教奉仕、そして音楽奉仕が続けられて来ました。

 勿来教会は、昨年教会員の手でホームページを立ち上げました。この日、礼拝案内を見たという2人の新来会者がみえました。うち1人は、震災前後から自分の信仰生活がいいかげんになりがちで、こんなことでいいのだろうかと自問していた矢先、イエス様の言葉は、まっすぐに彼女の心に届きました。この日以来、礼拝はもとより、「聖書を読む会」や「賛美と祈りの会」に出席されています。

 いわき市は、今では何事もなかったように復興ムードに沸いています。一方では、原発事故によるいわゆる帰宅困難区域、居住制限区域等から2万4千人を超える人たちが移住してきています。ですからなお、先行きが見えず取り残されている人々がいるのも現実です。富岡町から避難している友人家族は、やっと2017年3月に自宅の除染が終わるというので、そうしたら故郷に戻りたいと申しています。仮設住宅に入れなかった人たちは、それぞれアパートを借りて生活していますが、町民がバラバラになりコミュニケーションがとれず、知らない町で孤立し不安な日々を過ごしています。彼らの苦悩に寄り添うように常磐教会は、コミュニティの場として会堂を提供して感謝されています。

 ところで勿来教会は、2009年に藤田眞佐子牧師が逝去され、大震災と続く混乱の中で留まり続けたのは信徒2名でした。お蔭で勿来教会の灯は消されずにすみました。2012年わたしは希望して赴任させていただきました。しかし、荒れ野の試みの中で、神様より人間的なものに頼っては、何度も行き詰まりを経験しました。しかし、そのような失敗を通して、神様に救いを求めると速やかに「向こう側」から来る信仰を教えてくださいました。

 「お前たちは、立ち帰って静かにしていれば救われる。安らかに信頼していることにこそ力がある」(イザヤ30・15)。神のなさることは、いつも良いもので、「向こう側」からやって来ました。そのことを何度も見させていただきました。

 この日も、主の教会から遣わされてきた礼拝奉仕者の方たちは、「わたしたちは、礼拝共同体として参加させていただき大変恵まれました」と言ってそれぞれ帰って行きました。

 イースターを過ぎて、転入会の申し出がありました。神様は、わたしたちの教会にまた2人の姉妹を加えてくださいました。

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