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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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列王記上6・1~14

2015年4月18日

6:1 ソロモン王が主の神殿の建築に着手したのは、イスラエル人がエジプトの地を出てから四百八十年目、ソロモンがイスラエルの王になってから四年目のジウの月、すなわち第二の月であった。
6:2 ソロモン王が主のために築いた神殿は、奥行きが六十アンマ、間口が二十アンマ、高さが三十アンマであった。
6:3 神殿の外陣の前にある前廊は、奥行きが神殿の間口と同様に二十アンマであり、間口は神殿の前で十アンマであった。
6:4 神殿には格子作りの窓を付けた。
6:5 神殿の壁の周囲には脇間、すなわち外陣と内陣のある神殿の壁の周囲に取り囲むように脇廊を造った。
6:6 この脇間の幅は、一階五アンマ、二階六アンマ、三階七アンマであった。それは、脇間が下になるほど狭くなるようにして、建物の壁に梁をはめ込まずに済むようにしたからである。
6:7 神殿の建築は、石切り場でよく準備された石を用いて行われたので、建築中の神殿では、槌、つるはし、その他、鉄の道具の音は全く聞こえなかった。
6:8 二階の脇廊に通じる入り口は、神殿の右側にあり、らせん階段で二階へ、更に二階から三階へと上がるように造られていた。
6:9 ソロモンは神殿の建築を完了するにあたり、レバノン杉の梁と板で神殿の天井を造った。
6:10 なお、神殿全体に付けられた脇間は、各階の高さが五アンマであり、レバノン杉の材木で神殿に固定された。
6:11 そのとき、主の言葉がソロモンに臨んだ。
6:12 「あなたが建てている神殿について、もしあなたがわたしの掟に従って歩み、わたしの法を実行し、わたしのどの戒めにも従って歩むなら、わたしは父ダビデに告げた約束をあなたに対して果たそう。
6:13 わたしはイスラエルの人々の中に住み、わが民イスラエルを見捨てることはない。」
6:14 こうしてソロモンは神殿の建築を完了した。

2015年4月17日

5:15 さて、ティルスの王ヒラムは、ソロモンが油を注がれ、父に代わって王となったことを聞き、家臣を遣わしてきた。ヒラムは常にダビデと友好関係にあったからである。
5:16 ソロモンも使節をヒラムのもとに遣わして、こう言わせた。
5:17 「ご存じのとおり、父ダビデは、主が周囲の敵を彼の足の下に置かれるまで戦いに明け暮れ、その神なる主の御名のために神殿を建てることができませんでした。
5:18 今や、わたしの神、主は周囲の者たちからわたしを守って、安らぎを与えてくださり、敵対する者も、災いをもたらす者もいません。
5:19 ここに至ってわたしは、わたしの神、主の御名のために神殿を建てようと考えています。主が父ダビデに、『わたしがあなたに代えて王座につかせるあなたの子が、わたしの名のために家を建てる』と言われたからです。
5:20 それゆえ、わたしたちのためにレバノンから杉を切り出すよう、お命じください。わたしの家臣たちもあなたの家臣たちと共に働かせます。あなたの家臣たちへは、仰せのとおりの賃金をわたしが支払います。ご存じのように、当方にはシドンの人のような伐採の熟練者がいないからです。」
5:21 ヒラムはソロモンの言葉を聞いて大いに喜び、「今日こそ、主はたたえられますように。主は、この大いなる民を治める聡明な子をダビデにお与えになった」と言った。
5:22 ヒラムは使節を遣わして、こう言わせた。「御用件は確かに承りました。レバノン杉のみならず糸杉の木材についても、お望みどおりにいたしましょう。
5:23 わたしの家臣たちにこれをレバノンから海まで運ばせ、わたしはそれをいかだに組んで、海路あなたの指定する場所に届け、そこでいかだを解きますから、お受け取りください。あなたには、わたしの家のための食糧を提供してくださるよう望みます。」
5:24 こうしてヒラムはソロモンの望みどおりレバノン杉と糸杉の木材を提供し、
5:25 ソロモンはヒラムにその家のための食糧として、小麦二万コルと純粋のオリーブ油二十コルを提供した。ソロモンは同様のものを毎年ヒラムに提供した。
5:26 主はその約束のとおり、ソロモンに知恵を授けられた。ヒラムとソロモンの間には平和が保たれ、二人は条約を結んだ。

2015年4月16日

3:3 ソロモンは主を愛し、父ダビデの授けた掟に従って歩んだが、彼も聖なる高台でいけにえをささげ、香をたいていた。
3:4 王はいけにえをささげるためにギブオンへ行った。そこに重要な聖なる高台があったからである。ソロモンはその祭壇に一千頭もの焼き尽くす献げ物をささげた。
3:5 その夜、主はギブオンでソロモンの夢枕に立ち、「何事でも願うがよい。あなたに与えよう」と言われた。
3:6 ソロモンは答えた。「あなたの僕、わたしの父ダビデは忠実に、憐れみ深く正しい心をもって御前を歩んだので、あなたは父に豊かな慈しみをお示しになりました。またあなたはその豊かな慈しみを絶やすことなくお示しになって、今日、その王座につく子を父に与えられました。
3:7 わが神、主よ、あなたは父ダビデに代わる王として、この僕をお立てになりました。しかし、わたしは取るに足らない若者で、どのようにふるまうべきかを知りません。
3:8 僕はあなたのお選びになった民の中にいますが、その民は多く、数えることも調べることもできないほどです。
3:9 どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断することができるように、この僕に聞き分ける心をお与えください。そうでなければ、この数多いあなたの民を裁くことが、誰にできましょう。」
3:10 主はソロモンのこの願いをお喜びになった。
3:11 神はこう言われた。「あなたは自分のために長寿を求めず、富を求めず、また敵の命も求めることなく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めた。
3:12 見よ、わたしはあなたの言葉に従って、今あなたに知恵に満ちた賢明な心を与える。あなたの先にも後にもあなたに並ぶ者はいない。
3:13 わたしはまた、あなたの求めなかったもの、富と栄光も与える。生涯にわたってあなたと肩を並べうる王は一人もいない。
3:14 もしあなたが父ダビデの歩んだように、わたしの掟と戒めを守って、わたしの道を歩むなら、あなたに長寿をも恵もう。」
3:15 ソロモンは目を覚まして、それが夢だと知った。ソロモンはエルサレムに帰り、主の契約の箱の前に立って、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげ、家臣のすべてを招いて宴を張った。

2015年4月15日

2:1 死期が近づいたとき、ダビデはこう言って王子ソロモンを戒めた。
2:2 「わたしはこの世のすべての者がたどる道を行こうとしている。あなたは勇ましく雄々しくあれ。
2:3 あなたの神、主の務めを守ってその道を歩み、モーセの律法に記されているとおり、主の掟と戒めと法と定めを守れ。そうすれば、あなたは何を行っても、どこに向かっても、良い成果を上げることができる。
2:4 また主は、わたしについて告げてくださったこと、『あなたの子孫が自分の歩む道に留意し、まことをもって、心を尽くし、魂を尽くしてわたしの道を歩むなら、イスラエルの王座につく者が断たれることはない』という約束を守ってくださるであろう。
2:5 またあなたは、ツェルヤの子ヨアブがわたしにしたことを知っている。彼がイスラエルの二人の将軍、ネルの子アブネルとイエテルの子アマサにしたことである。ヨアブは彼らを殺し、平和なときに戦いの血を流し、腰の帯と足の靴に戦いの血をつけた。
2:6 それゆえ、あなたは知恵に従って行動し、彼が白髪をたくわえて安らかに陰府に下ることをゆるしてはならない。
2:7 ただし、ギレアド人バルジライの息子たちには慈しみ深くし、あなたの食卓に連なる者とせよ。彼らは、わたしがあなたの兄アブサロムを避けて逃げたとき、助けてくれたからである。
2:8 また、あなたのもとにはバフリム出身のベニヤミン人ゲラの子シムイがいる。彼はわたしがマハナイムに行ったとき、激しくわたしを呪った。だが、彼はわたしを迎えにヨルダン川まで下って来てくれた。わたしは彼に、『あなたを剣で殺すことはない』と主にかけて誓った。
2:9 しかし今、あなたは彼の罪を不問に付してはならない。あなたは知恵ある者であり、彼に何をなすべきか分かっているからである。あの白髪を血に染めて陰府に送り込まなければならない。」
2:10 ダビデは先祖と共に眠りにつき、ダビデの町に葬られた。
2:11 ダビデがイスラエルの王であった期間は四十年に及んだ。彼はヘブロンで七年、エルサレムで三十三年間王位にあった。
2:12 ソロモンは父ダビデの王座につき、その支配は確立した。

2015年4月14日

There are several anniversaries that the Kyodan cannot and must not forget.  One of them is the Hanshin-Awaji Earthquake that struck early on the morning of Jan. 17, 1995. So this past Jan. 17 was the 20th anniversary of that tragic event.  The Kyodan’s Hyogo District held a memorial service that evening at Kobe Eiko Church, which was totally destroyed during the earthquake and rebuilt as a beautiful church in the years immediately following.

 

The 350 worshipers listened to the call to worship from Jonah 2:6: “To the roots of the mountains I sank down; the earth beneath barred me in forever. But you, Lord my God, brought my life up from the pit.”  It was a time of remembrance for the 6,434 lives that were lost, including more than 500 children, as the people contemplated that event.

 

Miyamoto Makiko, a member of Koto Church in Nishinomiya, gave a message entitled, “Continuing to grapple with it in the midst of encounters.” She told of the many experiences she had as a volunteer in the months following the earthquake as a member of the support group for handicapped children affected by the earthquake.  She also then described her gratefulness for being able to utilize these experiences in helping mothers facing similar suffering following the East Japan Disaster and the accompanying nuclear accident.

 

As I recall, on the fifth anniversary of the 1995 earthquake, Hyogo District made this statement in a report on its mission as an affected district: “We believe that the God of history, who has revealed himself in Jesus Christ, has stood with us during this disaster.  As we face the realities of the aftermath of the earthquake, our efforts have been based on the realization that ‘without the rebuilding of the local community, the restoration of the local church is not possible,’ and so we view this as our response of faith as we stand before God.”

 

Immediately following this 20th anniversary memorial service, Hyogo District Moderator Sugane Nobuhiko expressed in his greetings the stance of the district towards the future. “During this past year of 2014, we need to be cognizant of the fact that 40 people among those still living in the temporary housing facilities set up after the quake died lonely deaths, so we should not think of this 20th anniversary as a closure.  We need to continue to extend the hand of support to those still suffering, with no sense that this episode is now simply a thing of the past.”

 

In this land of frequent natural disasters, the Kyodan has had to deal with the aftermath of several earthquakes in recent years. Since the Hanshin-Awaji Earthquake in 1995, the Niigata Chuetsu Earthquake occurred on Oct. 23, 2004, the Noto Peninsula Earthquake on March 25, 2007, the Niigata Chuetsu Offshore Earthquake on July 16, 2007, and of course, the East Japan Disaster on March 11, 2011.  In each of these situations, the Kyodan has rallied behind those affected, conducting fund drives to help with rebuilding and offering support in the pain and suffering of the people affected. This has particularly been so in the relief efforts following the East Japan Disaster, when the earthquake and tsunami were accompanied by a nuclear catastrophe, with its ongoing threat that has no clear resolution in view.  Nevertheless, the Kyodan’s Tohoku District Nuclear Disaster Relief Task Force “Izumi,” the current response, will be formally ending its nationwide funding campaign at the end of March 2015 and phasing out its other activities in the Sendai, Ishinomaki, and Kamawishi areas by the end of March 2017. (Tr. TB)

 

—Nagasaki Tetsuo, general secretary

日本基督教団には、忘れられないというより忘れてはならないいくつかの「記念の日」がある。去る1月17日は、1995年のその日の早朝襲った「兵庫県南部大地震」の20周年に当たる日であった。その夜、教団兵庫教区は、この記念の日に当たり、追悼礼拝をあの地震で跡形無く瓦解し、それを何 年もかけて見事再建した神戸栄光教会を会場として主催した。

 集まった350名の礼拝者は、招詞「わたしは山々の基まで、地の底まで沈み、地はわたしの上に永久に扉を閉ざす。しかし、我が神、主よあ なたは命を滅びの 穴から引き上げてくださった」(ヨナ書二章七節)に耳そばだてた。御 詞によって、亡くなった子ども五百人以上を含む6434人の命を忍んで厳粛にさ れ、あの大地震が引き起こした出来事を思い起こしたのである。

 説教をした宮本真希子氏は、「出会いの中で問 われ続けて」と題して行い、震災直後から「被災『生涯』児・者支援の会」員としての働きを通じて、ボランテアの人々との出会いと、東 日本大震災の原発事故によって引き起こされている苦しむ母親たちとの出会いを豊かな恵みとして受け止め、感謝して語った。

 思えば、兵庫教区は、「被災教区の震災五年目の宣教にあたっての告白」の中で、「わたしたちは、イエス・キリストにおい て歴史に掲示された神は、被災のただ中にも臨在されていることを信じる。-わたしたちが被災の現実の中で、『地域の再生なくして、教 会の復興はありえない』として歩んで来たことが、神の前に立つわたしたちの信仰の応答である」と告白としている。この日、菅根信彦議 長は礼拝後の 挨拶で、「兵庫教区は、昨年2014年一年間だけで架設住宅で孤独死40人の方のことを覚えても、20周年を切れ目とは思えず、またこれを過去のことと切れ目をつけない で、引き続き救援の手を休めることはしない」と語って、今後の教区の姿勢を明らかにした。

 自然災害の多いこの国土において日本基督教団は、 兵庫県南部大地震以降、新潟中越地震(2004・10・23)、能登半島地震(2007.3.25)、新潟中越沖地震(2007.7.16)、東日本大震災(2011.3.11)とたて続けに起こった災害に対して、主として礼拝堂・牧師館復興のために全力をあげて救援募金を献げ、その痛みと困難に 寄り添い、祈りを一つとすることが出来ていることを主にあって幸いとして来た。中でも、東日本大震災には自然災害に加えて放射能汚染 被害が地域に拡散しており、この復興は政府も目処がつかない状況を呈している。教団は、この案件を東北教区の放射能対策室「いずみ」の働きに委ねつつも、来る2015年3月31日を持って全国募金を終了し、2017年3月31日には仙台・石巻・釜石における活動の全てを終了する。(長崎哲夫総幹事)

 

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