2017年9月3日、私共の教会は創立119周年の記念の礼拝を守った。ディサイプルス派の流れをくみ1898年マデン宣教師によって福音の種が蒔かれ、しばらく信徒宅で伝道がなされた。やがて今の福島市新町に1928年W・Mヴォーリズ氏の設計により会堂が建てられた。会堂は築89年を迎える。119年、伝道の業がとぎれることなく今日まで導かれていることは大きな恵みである。
あの東日本大震災から6年9ヶ月が経った。特に震災から今日までの教会の歩みを振り返りつつ、いくつかの点にふれたいと思う。2011年3月11日、震度7弱、礼拝堂は四方八方漆喰壁が崩れ落ち、ひたすら片付けに追われ、やっと3月13日、主日礼拝を捧げた。はたして何名礼拝に出席されるだろうかと案じていたが、22名(いつもは26名前後)もの方が出席。皆さんが励んでいらしたのに驚いた。「よくぞ、困難な中、おいでになられた」と感謝で一杯だった。午前10時20分からの礼拝、その途中、余震が度々あった。礼拝堂の扉は開け放たれ、逃げ道を確保しながら。そのような状態で礼拝を守った。関東大震災の時作られた聖歌397「とおき国や」の歌を、震災後、何度も歌った。「慰めもてながために、慰めもてわがために、揺れ動く地に立ちて、なお十字架は輝けり」、あの日の礼拝の光景は一生忘れないだろう。
その後、礼拝堂の存続についての問題である。甚大な被害を受けた会堂は、どうなるか不安であった。約1ヶ月半後に、ヴォーリズ設計事務所や教団より木下滋雄氏が建物診断に来て下さった。修復可能ということで一気に修復のため会議を重ね約1年1ヶ月という長期に亘って、会堂の大修復工事が行われた。ほとんど元のままの状態に修復された。2012年11月25日、会堂修復感謝礼拝を捧げた。約2000万円という大事業であったが、教団から850万円の支援金をいただき、借入金も後5年で返済完了の予定である。教団、教区、多くの教会の方々から献げていただき、感謝であった。
2011年の年頭に与えられた聖句は「嘆きの谷を通るときも、そこを泉とするでしょう」(詩84・7)であった。眠れないどん底の日々もあったが、この聖句を握りしめ、必ず主は修復して下さることを信じ祈った。また、先日の創立119周年記念礼拝で語った御言葉は「ひとつのことを主に願い、それだけを求めよう。命のある限り、主の家に宿り 主を仰ぎ望んで喜びを得 その宮で朝を迎えることを」(詩27・4)であった。私たちも主日礼拝ごとに、この修復された礼拝堂で御言葉を聴く恵みをかみしめている。
119周年記念礼拝で1人の姉妹がキリストを信じ洗礼を受けた。教会員一同大きな喜びに溢れた。震災後、福島の地は、原発事故後の問題をかかえているが、宣教の業がなされるよう喜びをもって仕えていきたい。(東北教区・福島新町教会牧師 瀧山勝子)
今年も、彼女はキャンプの台所に立って麦茶沸かしに奮闘していた。
九州教区福岡地区では、毎年夏に子どもたちを対象とした2泊3日の「ヤング・キャンプ」を開催している。
以前は、キャンプの一環として参加者が自ら食事の用意をしていたが、現在では、参加者とは別に「キッチン・スタッフ」数名が教師、参加者の食事をすべて用意している。とても貴重な働きだ。そのスタッフの一人に、濱﨑カツヱさんがいる。
濱﨑さんは長崎生まれの長崎育ち。子どもさんがキリスト教学校に進学したことでキリスト教と出会い、51歳の時に長崎古町教会にて受洗した。
ずっと捉えていてくださる主を感じ、主日礼拝では、生きていくために必要な答え、魂の糧である御言葉をいただくことに感謝している。
濱﨑さんの話す姿は笑顔で満ちている。それも屈託のない「子どものような」笑顔だ。しかし、その背後には大きな苦労があった。そして同時に、その中で共に歩いてくださっていた主に気付かされた。
長崎古町教会時代から、教会のキャンプは大好きだったという。福岡に居を移し、2004年、福岡南教会に転会してからもキャンプは大好き。今では地区ヤング・キャンプの常連メンバーの一人であり、キッチン・スタッフの一人だ。
キャンプの中で教師と子どもたちが共に遊ぶ姿に目を細める。キャンプの中で語られるお話に、台所から耳をそばだてる。「キャンプで語られる話は、説教とわたしのすき間をうめてくれます」と濱﨑さん。
「用いられる限り参加したい」と語る濱﨑さんもまた、主の前では一人の「神の子ども」としてキャンプに参加している。
長崎生まれ。福岡南教会長老。
11月23日、日本福音ルーテル教会と日本カトリック司教協議会共同開催の宗教改革500周年記念シンポジウムと礼拝に招かれてカトリック浦上教会に行ってきた。「長崎からの声—苦難の歴史を踏まえて」と題した橋本勲司教(カトリック中町教会主任司教)の話は興味深かった。浦上四番崩れを紹介しながら、原爆を五番崩れと指摘していく話に引き付けられた
キリシタン集落の大量検挙事件は、1793年から3回の弾圧を一番から三番崩れ、1867年を四番崩れと言う。四番崩れは、檀家寺から離れて信仰を鮮明にしたことで他とは決定的に異なる。殉教するか、信仰を隠すか、棄教をするか、決断を迫られ多くの殉教者が出た。
信仰が崩されるところで信仰が純化される。信仰の純化、福音化はカトリック教会の課題である。福音化とはイエス・キリストへの純化、復活体験に遡り、一切の人工添加物(免罪符等)を取り除き、そこから見直す作業であり、プロテスタントが「福音のみ」ならば、カトリックは「福音化だ」と語った。
原爆は浦上に落とされた。異論があると思うが、原爆は極限の崩れとして五番崩れと呼びたい、とした。原爆が爆発した浦上にキリストの十字架と復活に示される愛が爆発し、崩れの極限から和解と平和、復活と希望が世界に発信されている、との言葉に心打たれた。
(教団総会議長 石橋秀雄)
35:1 荒れ野よ、荒れ地よ、喜び躍れ/砂漠よ、喜び、花を咲かせよ/野ばらの花を一面に咲かせよ。
35:2 花を咲かせ/大いに喜んで、声をあげよ。砂漠はレバノンの栄光を与えられ/カルメルとシャロンの輝きに飾られる。人々は主の栄光と我らの神の輝きを見る。
35:3 弱った手に力を込め/よろめく膝を強くせよ。
35:4 心おののく人々に言え。「雄々しくあれ、恐れるな。見よ、あなたたちの神を。敵を打ち、悪に報いる神が来られる。神は来て、あなたたちを救われる。」
35:5 そのとき、見えない人の目が開き/聞こえない人の耳が開く。
35:6 そのとき/歩けなかった人が鹿のように躍り上がる。口の利けなかった人が喜び歌う。荒れ野に水が湧きいで/荒れ地に川が流れる。
35:7 熱した砂地は湖となり/乾いた地は水の湧くところとなる。山犬がうずくまるところは/葦やパピルスの茂るところとなる。
35:8 そこに大路が敷かれる。その道は聖なる道と呼ばれ/汚れた者がその道を通ることはない。主御自身がその民に先立って歩まれ/愚か者がそこに迷い入ることはない。
35:9 そこに、獅子はおらず/獣が上って来て襲いかかることもない。解き放たれた人々がそこを進み
35:10 主に贖われた人々は帰って来る。とこしえの喜びを先頭に立てて/喜び歌いつつシオンに帰り着く。喜びと楽しみが彼らを迎え/嘆きと悲しみは逃げ去る。
32:1 見よ、正義によって/一人の王が統治し/高官たちは、公平をもって支配する。
32:2 彼らはそれぞれ/風を遮り、雨を避ける所のように/また、水のない地を流れる水路のように/乾ききった地の大きな岩陰のようになる。
32:3 見る者の目は曇らされず/聞く者の耳は良く聞き分ける。
32:4 軽率な心も知ることを学び/どもる舌も速やかに語る。
32:5 もはや、愚かな者が高貴な人とは呼ばれず/ならず者が貴い人と言われることもない。
32:6 愚かな者は愚かなことを語り/その心は災いをたくらむ。神を無視し、主について迷わすことを語り/飢えている者をむなしく去らせ/渇いている者の水を奪う。
32:7 ならず者の手管は災いをもたらす。彼は謀をめぐらし/貧しい者が正当な申し立てをしても/乏しい者を偽りの言葉で破滅に落とす。
32:8 高貴な人は高貴なことをはかり/高貴なことを擁護する。
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