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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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【4873・74号】クリスマス メッセージ 和解の言葉の受肉 川島 直道

2017年12月23日

つまり、神はキリストによって世を御自分と和解させ、人々の罪の責任を問うことなく、和解の言葉をわたしたちにゆだねられたのです。《コリントの信徒への手紙二 5章19節》

どうして一つになれないのか
 地球は北半球と南半球に分かれますが、それが単に地理的なことだけではないという現実をわたしたちは知っています。政治的な南北問題があります。先進国と途上国という分け方があります。東と西も資本主義と社会主義という分け方になります。右と左も保守かリベラルかという分け方になります。もちろん教会も例外ではありません。それは歴史を見れば明らかなことです。またわたしたちの身近な人間関係もそうです。派閥をつくり、あらゆるものが二極化していきます。自分の独りよがりな正義感を振りかざして対極を作り出すのです。そのように人類は絶えず分断し二極化していく歴史を繰り返して来ました。

 わたしたちはどうして一つになれないのでしょう。それは人類の永遠のテーマだと思いますが、聖書が明らかにしているのは、その根本にある罪の問題であります。創世記に天地創造の物語があります。神さまがこの世界をお造りになられ、最後に人を造られました。神さまは造られた全てのものをご覧になられて「極めて良かった」(創世記1・31)と言われました。そこには良い関係がありました。ところがその関係を人は壊してしまいます。神さまとの約束を破ってしまったのです。すると人は神さまの前から姿を隠しました。「その日、風の吹くころ、主なる神が園の中を歩く音が聞こえてきた。アダムと女が、主なる神の顔を避けて、園の木の間に隠れると、主なる神はアダムを呼ばれた。『どこにいるのか』」(創世記3・8~9)。ここに神さまと人との隔たりが生じています。この隔たりこそ、わたしたちが分断を繰り返し、二極化していく現実を作り出していると言えるでしょう。そして聖書はこの隔たりを、例えば天と地、生と死、光と闇、そういう二つの相反するものを用いて表現しています。神さまと人がそのように全く相容れないものになってしまった。遠く隔たってしまった。この罪がわたしたちのあらゆる隔たりの根底にあるのです。

 

キリストにおいて天と地が結ばれた
 クリスマスは、神さまが天と地、光と闇、この相容れない隔たりを越えて、その距離を限りなく近づけてくださった出来事です。ルカ福音書が伝えるあの羊飼いの物語を思い起こしてみましょう。羊飼いは夜通し羊の群れの番をしていました。彼らを支配する真夜中の闇、それは他でもないわたしたちの罪の闇を示しています。すると突然、その闇を引き裂くようにして、天からの光が射し込むのです。「主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた」(2・9)。ちょうど上からスポットライトを照らされたような光景でしょうか。その天の光に羊飼いたちは恐れました。無理もありません。神さまから離れ、罪の闇に慣れていたわたしたちにとって、天の光はあまりにも眩しく近づき難いものだったからです。

 しかし、その彼らのところに救い主誕生の知らせは届きました。神さま自ら救いの手を差し伸べてくださったのです。「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである」(2・11)。そしてそこに天使の歌声が響きました。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ」(2・14)。この物語は「光と闇」「天と地」のコントラストを示すと共に、その隔たりが狭められていくことを感覚的にイメージさせています。夜の闇に光が射し込む。そして神さまの声が、天使の歌声が地上に達する。深い隔たりを越えて天が限りなく地上に近づいてくる。それがクリスマスのメッセージです。

 そしてクリスマスの物語の中心は言うまでもなく、神さまがまことの人として生まれてくださったイエス・キリストの受肉にあります。天と地の隔たりを越えて神さまがご自身を地上に現された。大きく分断され対極にあった天と地がキリストにおいて結ばれたのです。そしてこのキリストによって、神さまはわたしたちの罪を赦し、和解の道を開いてくださいました。

 しかしこの和解は、わたしたちの罪を水に流し、うやむやにすることでは決してありません。わたしたちの罪の責任は神の独り子が十字架で負われました。この尊い御子の命をもって、わたしたちは罪を赦され、神さまと和解させていただいたのです。わたしたちが自分で償ったのではありません。神さまの方が自ら歩み寄られ、この罪を贖ってくださったのです。そこに救いがあります。そしてこの恵みを知る時に、わたしたちも御前に罪を告白し、悔い改めて生きる真の和解への歩みが始められます。

 

和解の言葉がゆだねられている
 神さまはこの和解の福音を教会に委ねてくださいました。「神はキリストによって世を御自分と和解させ、人々の罪の責任を問うことなく、和解の言葉をわたしたちにゆだねられたのです」(2コリント5・19)。この和解の言葉とはイエス・キリストご自身です。分断され、二極化していくこの世に神さまは和解の言葉としてイエス・キリストを与えてくださいました。この和解の言葉がわたしたちの中に受肉したのです。そして和解の言葉を宿したわたしたちもまた和解のために奉仕する者として新しく歩み出すのです。それは罪をうやむやにすることを意味していません。罪を深く自覚し、これを悔い改めて、そこから新しい関係を築いていくことを可能にします。

 クリスマスは平和の祭典です。天と地の隔たりを越えて神さまが来られたとき、その闇を裂いて光を届かせてくださったときです。そのような機会を神さまはこの争いの絶えない人類に与えてくださいました。だからこそ、わたしたちもまたこのクリスマスから新しく歩み出すのです。関係が悪くなっているならば、自分から歩み寄りましょう。自分から手を差し伸べてみましょう。疎遠になっている関係があるならばカードを出してみましょう。訪問してみましょう。クリスマスはそういう新しい行動を始める時なのです。それは自分のちっぽけな優しさや、寛大さによるものではありません。罪に対して妥協することでは決してないのです。痛いほどに罪を知り、これを嘆く中でキリストの和解の恵みに生かされた者たちは、皆そのように生きることができるのです。そこにわたしたちの希望があります。
(錦ヶ丘教会牧師)

 第2回伝道資金小委員会が10月12日教団会議室にて「伝道資金規則」(2014年10月、第39回教団総会議決)及び2018年度伝道資金運用指針に基づき、全教団的教区間互助の働きに仕えることを使命として開催された。

 伝道資金特別会計報告として、2015年度繰越金、2016年度繰越金、献金等の総額が土地取得貸付資金となる報告を受けた。

 各教区からの2016年度伝道資金報告書を通して、書式統一の必要等について協議した。現状では各教区の伝道資金の取扱方法が異なるため、書式の統一ではなく最低限の必要項目と2頁以内(添付資料は除く)の分量でまとめることをお願いすることとした。

 2017年度の伝道資金運用状況を確認し、6月に申請教区へ半額送金済であることと、12月に残りを送金予定であることを確認した。資金繰りのためにも教規通り負担金納付を願いたいとの意見があった。

 2018年度伝道資金申請は新たに大阪教区から申請を受け15教区となった。沖縄教区、九州教区は引き続き未申請であった。これまで各教区が運用指針に基づき全体を配慮しつつ申請を行い、ほぼ各教区の申請通りに実行されてきていたが、2018年度は申請額が負担金総額を超えたことで、申請額を調整した案を常議員会に提出することとした。

 2015年度から始まった伝道資金が3年目を迎え、これまでなされた議論を整理する必要から、来年1月に委員会を開催することとした。 (髙橋 潤報)

 2017年度「統一原理問題全国連絡会」(以下、「連絡会」)が、10月12~13日、日本キリスト教会館で持たれた。

 1日目の講演Ⅰでは、キリスト教メディアと自称する「クリスチャン・トゥデイ」(以下CT)の問題を取り上げた。CTについては、2008年6月13日付で当時の教団議長山北宣久氏が統一協会との関連を示唆し、「疑惑が解明されない限りキリスト教として同一の線に立つことは出来ない」と表明している。それにもかかわらず、教団関係者の投稿や記事提供などに協力している現状が懸念される。

 今回は「連絡会」有志によって聞き取り調査された元信者の証言を紹介した。証言者は大学在学中に、CTとその関連団体の創設者で統一協会の核心メンバーであった張在亨(「クリスチャン新聞」2013年12月2日号参照)によって、既存の「大韓イエス教長老会」を名乗るよう指示された教会の勧誘で入信し、その活動に従事するようになり、CTで働いた経験を証言した。「連絡会」は、2008年議長声明が未だに有効であること、教団内外の関係者に注意を促す必要性を確認した。

 講演Ⅱでは霊感商法被害弁連の山口広氏が「統一協会問題相談の在り方について」と題して講演し、脱カルト・カウンセリングの重要性と「連絡会」との協力の重要性を語った。

 2日目の講演Ⅲでは「摂理の今後」と題して、2007年に逮捕され投獄された教祖が10年の刑期を終え出獄することが懸念されている「摂理」について講演があった。講師は「摂理」脱会者で、現在は「脱カルト協会」理事でもある杉原輪氏。杉原氏は、自らの「摂理」入信から脱会までの経験を通して、信者としての心理、「摂理」の実態、教祖の出獄への懸念について話した。最後に各教区の報告をし、情報交換をして会は閉じた。 (坂田 進報)

 11月8~9日、第2回委員会を開催。1日目は奥羽キリスト教センターにて協議の時を持ち、2日目は、岩手県一戸町の奥中山の障がい者福祉事業を担うカナンの園を訪ねた。

 協議では「牧会者とその家族のための相談室」設置準備委員会・加藤幹夫委員長の今期当委員会の陪席を承認。従来より当委員会で当面のこととして「牧会者ならびにその家族の精神的ケアを考える」を主題に全国交流会を4年毎に開催しており、相談室が立ち上がるまでの間、設置準備委員会との連携が必要と判断した。

 常議員会、宣教委員会、設置準備委員会の報告を受け、全国交流会について確認した。講師に杉本園子氏(医療法人精華園海辺の杜ホスピタル心理室長・高知教会員)を決め、プログラム等を詰めた。日時は2018年10月1日~2日、戸山サンライズにて。案内は18年度4月頃、教区事務所に発送する。

 2日目のカナンの園では、法人事務局長の佐藤真名氏の案内で、高等部の三愛学舎や「みことばせんべい」を作る生活介護事業所シャローム等を訪問。また事業利用者も礼拝に多く出席する奥中山教会を訪ね、江戸清牧師と共に祈り、終りに、パンも焼くカナン牧場事業所で昼食をいただく。町内の店でも住民がこのパンを購入するという。

 カナンの園は利用者を施設に入所させるのではなく、地域で「普通の生活が出来る」ように援助する発想で事業展開する。長年の営みを経て、今や町の生活と経済が障がい者抜きには考えられない福祉の町になっている。

 職員の9割が信徒ではないが「一人ひとりが尊い」との価値観は共有。今日、運営は教会なしで成り立ち得るが「職員は信者も含め皆弱さがある。諸教会から献金と祈りを以て覚えてもらい、事業を透明にし、見守られている意識を持つことが不可欠だ」とのこと。諸教会の祈りの必要とその役割を改めて認識した。 (森田恭一郎報)

 宣教師派遣・受け入れ手続きについて協議
 11月27~28日、同志社びわこリトリートセンターにて、第4回韓国3教会と日本2教会の宣教師に関する実務者会議が開催された。これは、大韓イエス教長老会(PCK)、韓国基督教長老会(PROK)、基督教大韓監理会(KMC)の韓国3教団(教会)から、教団の教会等へ派遣される宣教師の人事に関する諸課題を検討する会議である。また、教団は、在日大韓基督教会(KCCJ)との間においても教師や宣教師の人事交流があることから、同教会もこの会議に加わっている。

 これまで、韓国と日本において3回の会議が開催されており、各教団(教会)における宣教師の派遣および受け入れに関する手続きの確認、派遣宣教師および受入宣教師の数と働きの現状等の報告がなされている。また、今後の宣教師人事交流における検討課題(宣教師のインターンシップ制度設置の可能性、教団における宣教師会議の充実、宣教師の支援体制・制度の整備など)について話し合いを重ねている。

 今回は韓国3教会より、宣教師人事担当者各1名が出席し、日本からは、在日大韓基督教会から金鐘賢総会長ほか3名、教団から雲然俊美教団書記と加藤誠世界宣教担当幹事が出席した。また、通訳は崔長壽宣教師が担当した。

 会議においては、これまでの協議の内容を確認した後、各教団の宣教師の派遣および受け入れの状況の報告がなされ、さらに、継続して検討している課題(宣教師のインターンシップ制度設置の可能性、宣教師に関わる問題が生じた場合の対処方法など)について協議した。全体協議においては、この会議の名称を「韓日5教団の宣教師に関する実務者会議」とすること、日本において韓日5教団に関わりのある宣教師が一堂に会して話し合う場を設けることなどを確認した。

 次回会議はPCKが準備をし、2018年3月8~9日、韓国において開催される予定である。 (雲然俊美報)

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