【4865号】伝道のともしび 地域の方々と共に 奥羽教区・江刺教会牧師 邑原 宗男

江刺教会は、岩手県奥州市江刺区にあります。広い岩手県南の内陸にあります。伝道の歴史は大正時代にさかのぼります。当時、日本浸礼教会盛町講義所として盛岡からの出張伝道でした。大正4年(1914年)足達信三郎牧師がタッピング宣教師の監督の下に「岩谷堂バプテスト教会」として創立しています。足達牧師の結婚後、岩谷堂での最初の幼稚園を創設し、地域に仕える働きをしていました。しかし、米国バプテスト伝道会社は、伝道不振を理由に援助を打ち切りました。自活のため、鋳物工場から南部鉄瓶を仕入れ、東京への行商する日々の中、お連れ合いが担われた岩谷堂幼稚園は地域に必要なものとなりました。牧師が過労で逝去後、町の運営へと移管し今日に至っています。戦時中、諸事情によりこの教会は、解散させられています。
1947年岩谷堂にいた信徒たちは水沢教会に助けを求めて集会を再開しました。まだ教区などの承認を得る前に「岩谷堂伝道所」の看板を掲げ、正式な手続きに向けて準備をし、1955年江刺伝道所を開設し、1957年江刺保育園を開設しています。この施設のために信徒一同は奉仕の精神で地域に仕えました。そして1965年社会福祉法人化し今日に至っています。
また、現在地の礼拝堂建築後、礼拝堂を利用して、1966年に聖愛ベビーホームを設立し、同時に第二種教会設立しました。このように地域に仕える幼児教育・保育の働きを教会は担いました。聖愛ベビーホームは1978年社会福祉法人聖愛育成会を設立し、幼児と老人への総合福祉事業を担って、今日に至っています。
このように教会は、地域の幼児施設を生み出す働きを担いました。しかし、教会の事業から切り離す形での法人化が進められることにより、施設事業は充実していきましたが、教会は地域との関わりが希薄になりました。
ただ、この教会の歴史は、地域と共に歩むことを大切にしていました。小職が赴任した2004年以降、近隣の方々との交わりを通して、今まで教会の中に一度も足を踏み入れたことのない方々に礼拝堂や集会室を利用していただくことになりました。
2011年の東日本大地震により被災した礼拝堂の建て替え中の2016年度も、被災牧師館再建として取得した隣家で町内の班活動を継続しました。近隣の方々は再建された礼拝堂献堂式には、班全戸から出席し、喜びを共にし、献堂礼拝を奉げました。近隣の方々は「新しい礼拝堂でも一緒に食事会などしていいの」と心配しています。でも新礼拝堂設計の時に、誰でも利用しやすいように広い厨房や、庭に向けて開放できるガラス戸や、仕切られている戸をあけ放つと広いホールになるようにしました。また子育て支援の会場にも利用できるよう工夫しました。また桜の季節にはライトアップして、観桜会が町内の方々によって行われています。
主イエス・キリストが仕えられたように、この地域を愛し、共に歩む業の一端を担わせていただきたいと教会員一同祈っています。そのために益々礼拝堂が用いられるようにと祈っています。

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