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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan

【4765号】悲しみの深みから、 揺るがない確信へ

2013年1月26日

ルカによる福音書6章48節》

石橋秀雄 新春メッセージ

 

悲しみの土台

新しい年の歩みが始まった。今年もあの時を見つめながら一年の歩みをなしていきたい。
津波の被害を受けた被災地に何度も行き、何度も祈った場がある。それは、津波で全てが流され、土台だけになった場だ。
その土台の上にあった家は一瞬に流され、その家で営まれていた生活も壊されてしまった。
この土台は、家を奪われ、人生が壊された方々の悲しみの深さを示す悲しみの土台だ。この土台がガッシリしていればいるほど悲しみも深い。
「それは、地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を置いて家を建てた人に似ている。洪水になって、川の水がその家に押し寄せたが、しっかり建ててあったので、揺り動かすことが出来なかった」(ルカ6・48)。
どのような頑丈な土台の上に家を建てても、想定外の大自然の脅威の前に、家は吹き飛んでしまう。
大地震も津波にもそれ自身善悪があるわけではない。この上に家を建てたら、この上に人生を築いたら揺り動かないという土台とはどのような土台であるのだろうか。
8月11日2時46分、左に3階まで津波が押し寄せ、子どもたちは屋上に避難をし不安の中に夜を過ごしたという荒浜小学校、そして右は津波で家が流され土台だけになった地域を通って、80名のボランティアが海岸に自転車で向かった。
東北教区センターエマオに設置された東日本救援支援センターから派遣された、8月11日のボランティアたちだ。悲しみの土台のすぐそばの海岸で輪になって手を繋いで祈った。
私の祈りに大きな声で「アーメン」と言ってくれたことに励まされた。

 

希 望

この8月11日を中心に寝泊りを共にしながらボランティアの青年たちの声を聞いた。
悲しみの土台を見つめて活動をして来た青年たちが、この悲しみを見つめながら自分の人生を見つめ、自分の人生を考え直し、あるいは変えている姿とその声を聞いた。
深い悲しみを見つめながら自分の人生を見つめ直している青年たちに出会って、励まされ、このような青年たちが日本の未来を切り開く力ではないかと思った。

悲しみを知る、悲惨を知る

37年くらい前になる。京都大学の教育学部の教師の講演を聞いた。
「人間はいつか駄目になる。中学の時か、高校の時か、大学に入った時か、就職した時か、何よりも死において駄目になる。その時、支えとなる重みある言葉を示すのが教育の目的だ」。
その時の講師のこの言葉を心にとめている。
深い悲しみが、悲惨がそれぞれの人生に覆いかぶさってくる。
深い悲しみと悲惨を知ることから開かれる世界がある。
「人間は宇宙の前には一本の葦に過ぎない」とパスカルは言った。人間は弱い弱い存在だ。大自然に、宇宙に飲み込まれてしまう存在だ。「しかし、だが、それは『考える葦である』。宇宙は私を包み、一つの点として私を飲み込む。だが、思考によって私は宇宙を包む。ここに人間の尊厳がある。人間は偉大であると同時に悲惨であり、自分の悲惨を知るゆえに偉大である」。
「自分の悲惨を知るゆえに偉大である」と語られる。
人間の悲しみ、悲惨の底に「支えとなる重みある言葉」が響く。「多くの痛みを負い、病を知っている」(イザヤ53・3)。
人間の悲しみを、悲惨を知るお方がおられる。
わたしたちの悲しみと悲惨、その罪を背負って十字架に死に、復活された主の言葉とその命に与るところから希望の世界が開かれる。
死は誰にとって不条理だ。
死の悲しみと絶望を誰もが思い知る時がある。

 

復活の主の命に与る

悲しみの土台、この絶望を背負って主イエスは十字架に死んでくださった。
十字架の死という悲惨の深みに復活の主の希望の光が輝いて行く。
この希望の光に包まれる時、悲しみの深みに落とされても、その悲しみの現実を生き抜く力が与えられる。
この確信をもって生きる人生は揺るがないと御言葉から示される。

 

愉快な気持ちでここに

第37総会期まで長年にわたって常議員を務めてくださり教団の正常化のために献身してくださった小林貞夫さんが召された。
小林さんが教団紛争史を綴った本が出版され、その出版記念と小林さんの教団でのお働きを感謝する会が、小林宅の近くのホテルで開催された。12月3日、私も感謝会に出席させていただいた。この会の計画を立てたとき、この日の病院での言葉が、小林さんの最後の言葉になるとは、思いもよらないことであった。
小林さんは腎臓癌に冒され、その病と闘っておられた。「信仰は苦難の時、痛みの中で力を発揮する」と生前繰り返し語っておられた。まさに小林さんは教団紛争の苦難の中で、痛みの中で力を発揮されてきた。そして、癌に冒され死を直視しなければならない痛みの中で信仰の力を小林さんは発揮された。
12月3日の朝、日下部教会・宍戸俊介牧師が小林さんの病院にお見舞いに行った時、「私はやるべきことをやりました。今は愉快な気持ちでここにおります」と語られた。この言葉が小林さんの最後の言葉となった。この言葉が最後の言葉となり、その後、静かに眠るように召されたと聞かされた。死の床、この深い悲しみと痛みの床で「今は愉快な気持ちでここにおります」、主イエスの復活の命に与っている生きる信仰の力を深く示され励まされた。
2013年どのような悲しみと悲惨の底に落とされることがあったとしても、その深みの底から主イエス復活の希望の世界に導かれるとの確信をもった歩み、そしてこの喜びを証しする信徒、伝道する教会として歩んで行きたい。
( 第38総会期教団総会議長、越谷教会牧師)

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