【4761号】礼 拝 『涙から慰めへ復興』

総会中3回の礼拝が捧げられた。
開会礼拝では、エゼキエル第37章1~10節、ヘブライ人への手紙第5章7~10節より、高橋和人牧師(仙台東六番丁教会)が「涙から慰めへ復興」と題して説教した。
東日本大震災が残した情景、死と滅びの力の中に、私たちは世界全体の本質を見る。悲しみの残骸の中で、神はエゼキエルに、「これらの骨は生き返ることが出来るか」と問われる。エゼキエルには答えがなく、立ち尽くすしかなかったが、神は、そこから語り始めることを命じられる。震災の後、何度も、立ち尽くしながら語らなければならない状況におかれた。しかし、そこに霊が風のように吹き込んで来る。主イエスは、涙と祈りの中で従順を学ばれた。我々の激しい涙と叫びがあるところに主イエスが、大祭司として立ち、とりなして下さる。とりなしを受けている人は、涙の中にこそ主が近いと知ることが出来る。復興には人の力が必要であるが、霊による復興、涙から慰めへの復興は、主のとりなしによって起こる。聖書を御言葉として聞き、語り、祈ることが、主を待つ教会だけができる、復興を下から支える務めである。以上のように語り、この総会期を主の導きの内に過ごしたいと結んだ。
2日目の朝の逝去者記念礼拝では、黒田道郎牧師(石井教会)が、二年間に召された教師90名、宣教師23名の名を読み上げ、ヨハネによる福音書15章より説教した。
様々な足跡を残された教師たちに共通することは、神に選ばれた教師として歩まれ、神の御心によって召されたということ。十字架前夜、主イエスは、「わたしがあなたがたを選んだ」と仰った。ふさわしさが見当たらない者を、神は神の基準で選ばれる。この選びの主題が語られる際、愛が掟であるとされている。愛するためにこそ、選びは行われる。記念している方々の足跡は、神が望まれるように人を愛し、その生涯においても実を結び、これからも多くの実を結ぶことを確信させられる。
愛する者を失った者に慰めが与えられるよう祈られた。
総会第3日目の朝には、井ノ川勝牧師(山田教会)の司式により聖餐礼拝が持たれた。ペトロの手紙一1章22節~2章4節aより、「しかし、主の言葉はとこしえに立つ」と題して説教がなされた。
今総会一日目、教会員の葬儀を司式していた。この方は、ライカー宣教師の志を受け継ぎ、敗戦直後から40年、教会幼稚園教諭として生涯をささげた女性である。ライカー宣教師は、アメリカより日本へ遣わされ、1913年、伊勢神宮の前に教会・幼稚園を創設した。アメリカに強制送還させられるが、戦後、教会に、「戦争をくぐり抜けて教会・幼稚園が生き残っていたことに驚いた。草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉はとこしえに変わることがない」の手紙を送った。小さな群れを支え続けたこの御言葉に、私たちも立ち続ける。御言葉は聞くだけでなく、味わうものである。聖餐の度に、罪に死に新たに生れた、洗礼の出来事と、よみがえらされる終わりの日の喜びを知る。
一同感謝のうちに、教団信仰告白を告白し、聖餐の恵みに与った。
(嶋田恵悟報)

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