【4742号】牧師のパートナー 今の私に与えられた使命

石橋由美子 (越谷教会員)

私のパートナーは牧師であり園長です。私の理想とする牧師像をことごとく打ち砕かれてきたので、42年目に回想することは意義深いと思い、筆をとりました。
1970年に、私たちは結婚し、鴻巣教会に着任。当時は、子育て真只中、6年目に義父の介護のため夫の両親と同居となりました。
二人して、日曜日は勿論ですが月曜日から土曜は附属幼稚園に出勤し、様々に、問題が起きれば、まず夫に相談しました。元来、結婚願望の無い私でしたが〝イエス様の喜ばれる生き方〟を切望していたので、全ては〝イエスのように〟と思い働きました。
1981年に夫は、越谷教会に招聘され、私も転会しました。そのうちに、持病の慢性中耳炎が悪化したため、手術をしましたが、回復せず両耳補聴器をつけて現在に至っております。
それにしても、しいられた恵みというべきか、キリスト教保育の業を通して幼子達から〝神の愛〟という恵みを数えることを教えられました。幼稚科の礼拝、CSの小学科の礼拝でのみ言葉を語るための苦しみも、用いられることによって喜びに変わりました。
夫については、突然「明日○○へ行くから君も行くように!」と言われます。毎度のことですが、いつもこの調子ですから私の対応もこの41年間で少しずつ上達してきました。
実は新婚時代〝私が夫を支えていこう〟と張り切っておりましたのに、耳の持病が悪化した頃からなぜか、保育終了後になると耳鼻科通いにつき合ってくれる夫がいました。なんと耳の不自由な妻の支えになってくれていたのです。
しかし、長女、次女と年子の娘たちの子育てに疲れ果てていた上に三女の出産の時、聖地旅行のチャプレンとして、イスラエルに旅立ってしまった夫、日常茶飯事に起る一コママンガのようなハプニングは妻のせいと言い放ち笑い話しにしてしまう夫、そういう夫は、言い訳が上手いのか、頭の回転が早いのか。結局そのような夫を理解しようと、努力して来ましたが疲れ果ててしまいました。
〝自分が変わらなければ〟と思い、「キリスト教カウンセリングセンター」の学びをしました。学んでいく内に課題は積もっていくのです。そんな中〝男女は協力し合えても、理解することは難しい〟(河合隼雄著、こころの処方箋)の言葉に納得し夫を理解することは止めました。夫と話し合い理解出来ないことを楽しむことにしました。夫は私のどのような怒りの言葉も笑い飛ばし楽しんでいます。そんな夫に私も呆れ果てて、遂にはその笑いに合わせてしまいます。
以前のことですが、当教会の女子青年の書いたカードに〝夢みるゆみ子さん〟と書いてあったのです。最近、「どんな感じだったの?」と伺ったら「パステルカラーで春のようでした!(冬なのに)」と懐しんで話して下さり、私は不思議と癒されたのです。
私は本当に欠けの多い者です。でも、毎週の礼拝で主のみ言葉を示されているのですから恐れることなく祈りつつ、兄弟姉妹と主にある交わりを重ねて歩んで行きたいと思います。
それが、今、夫と私に与えられている使命と思います。

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