高知教会では、6月の1回の礼拝を「老いを考える礼拝」として行っている。今年も6月21日に行った。この礼拝を始めて7年となるが、毎年この礼拝を覚えて出席してくださる求道者もおられ、感謝している。
高知県は、日本で最も早いスピードで高齢化が進む地域と言われる。そのような状況にある教会として、高齢者への伝道は、私たちの教会に託されている大切な使命と思わされている。ある年の伝道委員会で、私が「高齢者伝道礼拝を行いたい」と提案すると、委員から「その名称ではどうでしょうか」と言われ、結局「老いを考える礼拝」として行うことになった。全ての人が歩む「齢を重ねる」意味を聖書から聞く時となっている。
今から10年ほど前、礼拝後に、当時80歳代後半の教会員から、こういう言葉があった。「教会も高齢者ばかりになって、せがない(四国の方言で、張り合いがないという意)でしょう」と。それで、私は答えた。「せっかくなので、高齢者が満ちあふれる教会になっていきたいと思っています」と。するとその方の顔がパッと明るくなって、「では、私が教会にいることにも大きな意味がありますね」と言われた。既に神の御許に召されたその方の言葉は、常識に捉われないで伝道の姿を考えていく大切さに気づかせてくださったものだったと思わされている。
(教団総会書記 黒田若雄)






