現役で召された長老の納骨式を行った。忘れられないのは、5年ほど前のお母様の納骨式だ。高尾の霊園にご遺族が皆集まった。私は皆が揃ったことを確認して、「お揃いのようですので、始めましょう」。石屋さんが「では、お骨を…」と言うと、皆が顔を見合わせた。その瞬間、「あっ、忘れた!」。「えーっ!」。当然、「おいおい、どうすんだよ!」となる。「ごめん!絶対に忘れちゃいけないんで、玄関の真ん中に置いたんだよ!」。で、忘れた。
ここは高尾、お骨は茅ヶ崎。仕方がない。「皆で一緒にみ言葉に聞いて祈ることが大事ですので、納骨式を行います。ご遺骨は時間差で後日納めていただきましょう」と私。ご遺族も「そうだ、それがいい。骨がなくても大丈夫」。「お骨のない『ノー骨式』です」で、一同爆笑。
そんな思い出を語り合いながら、長老である息子さんの納骨式後の食事会も、とても楽しいひとときとなった。ご遺族は大勢集まったが、皆そういう方々なのだ。
「塵は元の大地に帰り、霊は与え主である神に帰る」(コヘレト12・7)。キリストと一つとされている私たちは、体は地にあっても、霊はキリストと共に復活させられて、今すでにキリストと共に天に座しているのだ。それぞれに残されている地上の道を、恵みを味わいながら歩みたいと願う。
(教団総会副議長 藤盛勇紀)






