途切れることのない学生のボランティア
「バトンをつなぐ」
関西学院高等部
関西学院高等部は、昨年・今年と能登の被災地を訪問した。
1年目は北陸学院大学のプログラムで輪島へ行った。
私たちは、瓦礫の撤去や全壊・半壊した家の掃除に行ったつもりだった。しかし与えられた仕事は「能登キリコ祭り」の準備と仮設住宅での傾聴ボランティアだった。正直な思いは拍子抜け。もっとしんどいことをしにきたのに、高校生だから、女子生徒たちだから、しんどい仕事が回ってこない。無力さを感じるばかりだった。しかし同時に感じたことは、高校生だから若いからできることがあるということだ。仮設住宅で出会ったおばあさんは「若い人の姿は最強」、「若い人を見るとね、捨てられてないって思えるんだ。関西から来てくれてありがとう」と言ってくださった。被災地の方々は、大人には不満をぶつけることが多いそうだが、高校生には優しい。実際、役所でも若い人が窓口対応するとクレームがあまり出ないそうだ。
2年目は、日本基督教団被災地派遣ボランティアのプログラムで珠洲へ行った。
今回は、仮設住宅での傾聴ボランティアのために行ったつもりだった。しかし与えられた仕事は、溝堀りだった。震災後に追い打ちをかけるように起こった水害によって排水溝が埋まり、雨が降る度に庭が水浸しになるそうだ。女子生徒たちは「一箇所の作業でこれだけしか進まないなら、復興に何日、何年必要なのだろう。悲しくなる」とこぼしながら、ひたすら溝を掘った。半日で10mも掘れなかった。翌日から他のボランティアが引き継いでくれた。開通した写真を見た時に、「バトンをつなぐ」という言葉が浮かんだ。
「ボランティアは、相手がしてほしいことをすること。ボランティアがストーリーを決めてはいけない」、こんな当たり前のことに今さらながら気づかされた。昨年の生徒と今年の生徒はメンバーが違う。来年行く予定の生徒とも違う。高等部の中でも、確かにバトンがつながっている。
(松隈 協報/関西学院高等部宗教主事)
学生が紡ぐ「たゆまぬ支援」
北陸学院大学
2024年1月1日に発生した能登半島地震後の復旧支援は、半島という地形的制約やボランティア活動自粛要請等の影響で大きく停滞しました。さらに2024年9月21日・22日に奥能登地域で豪雨災害が発生し、復旧・復興を大幅に後退させるだけでなく被災者に多大なダメージをもたらしました。
北陸学院大学では地震発生直後に「北陸学院大学被災地支援センター」を立ち上げました。同センターは支援物資保管拠点および県外大学生らの一時休息あるいは宿泊施設として経済的負担の軽減や被災地への移動の支援の役目を果たしました。さらに被災地のニーズと活動大学等のボランティアのマッチングを担い、ボランティア活動のハブとしてキリスト教主義学校を始め、日本ソーシャルワーク教育学校連盟、DWAS−JAPAN、その他の組織と連携して連続的・継続的支援を続けています。
ただ、同センターは金沢市にあり、被災地までの移動に2時間以上かかり、活動時間の制限(短縮)とボランティアの疲労増大につながっていました。
そこで、日本基督教団の羽咋教会富来伝道所と内灘教会を宿泊拠点として提供していただき、ボランティアの負担軽減につなげることができました。
本学のボランティア活動は被災地の片付けなどの物理的支援ももちろん大切なことと考えますが、それに増して作業の手を止めてでも被災者の話に耳をかたむけ、その痛みを共有し、寄り添うこともより大切な支援と考えています。その時々の現場ニーズに即応しつつ途切れることのない学生のボランティア活動は、被災された皆さんの前に進む力になるとともに、参加学生自身の成長も促しました。
「また学生さんが来てくれたんやね」と笑顔で迎えてくださる被災された皆さんの言葉が、一人の学生が来る回数は限られていても、糸を紡ぐように次々と学生が来ることの力の強さを象徴していると感じます。
(富岡和久報/若草教会員、25年8月まで北陸学院大学社会学部教授・ヘッセル記念図書館館長として勤務)
微力だけど無力じゃない
明治学院東村山高校
明治学院東村山高校では、東日本大震災の復興支援のために生徒と教職員が有志のボランティア・チームを2011年春に結成した。東北教区被災者支援センター・エマオが窓口となり、2011年5月の第1陣から現在まで計39回、のべ284名の生徒が石巻市や仙台市笹屋敷地区などで泥だしや被災家財の整理、避難所や仮設住宅での炊き出し、津波被災地域の子ども会のお手伝いなどをおこなってきた。現在は東北教区被災支援小委員会を窓口として、毎年8月上旬に開かれる笹屋敷夏祭りのお手伝いと仙台平和七夕のお手伝いをさせていただいている。また、2015年には茨城県常総市の水害被災地域で、2019年には埼玉県川越市の台風被災地域でも活動し、2024年からは能登半島地震の被災地でも活動している。
能登での活動は能登ヘルプ(能登地震キリスト災害支援会)を窓口として2024年の夏から始まった。第1陣は輪島市の農家で被災家財の整理作業を、第2陣は珠洲市の津波被災地域で側溝の泥だしをした。冬の第3陣では志賀町の仮設住宅でクリスマス会を開いた。翌年春の第4陣では輪島市の仮設住宅でチョコフォンデュをおこない、夏の第5陣では手作りクレープの提供をおこなった。回を重ねるごとに現地の方々との交流が深まり、生徒たちの人間的な成長も実感している。
東京に帰ってからも生徒たちは「伝える努力」を続けている。全校礼拝で活動報告をおこない、近隣の東村山教会でもボランティア報告会を開いた。能登豪雨の時には700枚以上の雑巾を集めて現地に送った。文化祭では展示と募金活動、被災企業の物品販売もおこなった。
「ボランティアは微力だけど無力じゃない!」をスローガンに、これからも微力ながら隣人愛の実践を続けて行きたい。
*詳しい活動内容や参加生徒の感想文はボランティア・チームのブログをご覧いただきたい。http://mghv.jugem.jp/
(佐藤飛文報/明治学院東村山高校社会科教諭、東村山教会員)






