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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan

【5005・06号】伝道のともしび(4面)

2023年9月30日

伝道の原点を生きる−再建された教会と幼稚園

学校法人峡南学園理事長・巨摩教会牧師
 徳田 隆二

 

 昨年本園は創立90周年の節目を迎えました。
 本園の在る富士川町は2010年3月、増穂町と鰍沢町が合併して発足した人口1万4400人の町です。教会と幼稚園は旧増穂町で誕生しましたが、福音伝道は先に鰍沢町で開始されています。「甲府教会百年誌」や新堀邦司著「愛−わがプレリュード」から鰍沢伝道の様子を知ることが出来ます。「大正13年頃鰍沢に日本メソジスト教会の出張講義所があり宣教師W・O・フライヤーが鈴木良四郎伝道師をアシスタントに伝道、牧会の責任を負っていた」と記しています。フライヤーが帰国した後G・E・バットが来峡してフライヤーの任務を継承していますが、バットが東京に帰った後の鰍沢伝道は結果が得られず「宗教的に無理解だった家主のため追立てを食はされたのだつた。幾人かの信者や求道者は、行くべき家を失つた。彼等は集会所を与えられんことを切に神に祈つた。そして求めた」(山内一史著「愛の新書」教文館)。
 昭和3年頃、斉藤富枝著「灯をありがとう」によると鈴木良四郎が増穂村青柳で民家の一室を借りて集会を開いており「増穂は小室山の膝元、各丁目に寺がある。日蓮宗の特に盛んな村です。此処でどうやって教会を建て布教が出来るか」思案していたとき牧師から土地と建物を提供すればカナダミッションに経営管理を委託できると言う話があり教会兼園舎を建てる事になったと経緯が記されている。
 本稿ではその後の社会情勢の大変化に教会はどう対処したかについて簡潔に記します。大戦の戦局が危うくなり宣教師の強制送還が始まりマクラウド園長を失いカナダからの援助が絶たれカナダミッション(WMS)が経営していた幼稚園を誰が引き継ぎどのように経営するかという問題が浮上しました。戦時中は婦人部長鈴木春野と教師たちが出征兵士の家庭の子どもたちを無料で受け入れ疎開の子どもたちも受け入れる愛の行為を通して地域の偏見を緩和し信頼を勝ち取り危機を切り抜けました。戦後、幼稚園は青柳教会(現巨摩教会)の公益事業として引き継がれましたが徐々に国力が回復し経済活動が盛況になり町内外に公立保育所が増設され幼稚園の入園児が減少し1962年教会は幼稚園の運営責任を負えなくなり牧師は辞任しました。代務者が与えられましたが教会と幼稚園は14年間切り離された状態にありました。
 私が着任したのは1976年4月です。教会も幼稚園も存廃の危機に直面し、教会は幼稚園の責任は負えないという判断を下していましたので公益事業の廃止手続きを進めると共に斉美会に土地と建物の譲渡申請を行い教会財産として登記しました。1982年3月、山梨県から学校法人峡南学園の設立認可を得て園舎新築事業に取り組み翌年立派な園舎が竣工しました。その後教会の再建には38年の歳月を要しましたが2013年3月町の中心地に移転新築され今日に至っています。
 熱い祈りの中でともされた希望の灯(ひ)はこうして守られ私たちを明るく照らしています。再建された幼稚園と教会は伝道の原点を受け継ぎ力強く生かされています。

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