【教団新報4950・51】人ひととき 半田 輝雄さん

明治時代、新島襄が安中へやってきた頃に曽祖父が受洗した。それ以来、代々続くクリスチャンホームで育った4代目のクリスチャン。原市教会の有志が設立した原市赤心幼稚園や日曜学校に通い、いずれ受洗してクリスチャンになるのは当然だという環境で育った。高校3年生の時に受洗。地元の群馬大学で一般教養を学び、医学部の受験資格を得た。一度目は落ち、もう1年間勉強して岩手医科大学医学部に合格した。偶然にもその年だけ苦手だった理数系の試験が課されなかった。

医学部在学中には日本基督教団下ノ橋教会に通い、日曜学校の補助をしていた。その後、ハンセン病や結核を研究する東北大学抗酸菌病研究所(仙台)で勤務。「ケセン語訳聖書」で有名な山浦玄嗣医師が勤務していた研究所であった。研究所に在籍中、医学博士号を取得した。

とくに強い意志や理由があって医師になった訳ではない。ただ、一番上の兄が医師になることを目指して仙台で学んでいたが、道半ばで病気にかかり逝去した。祖母から繰り返し兄の話を聞かされて育った。兄の跡を継ぐような形になったが、今考えると、神の摂理によって医師の道へと導かれたという感覚だ。

その後、群馬へ帰郷し国公立病院へ勤務の後に安中市原市に内科医院を開業した。30代で開業する医師がほとんどという中で、50代での開業であった。病院勤務では病院へ来る方しか診られないが、開業すれば患者さんの自宅を訪問し、家庭の状況も含めて全体的に診ることができる。開業に際しては、A・J・クローニンの著書『人生の途上にて』の作中に登場する看護師の言葉「他の人がどう思うおうと、神様がよしと言ってくだされば」に背中を押された。89歳で現役。診療の傍ら、施設への訪問診療も行っている。

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