【4722・23号】地震、津波、放射能、被災教会を訪ねて み言葉と祈りを届けて2000キロ

 

地域復興のために働く教会 主に用いられるならば

 

前号に記したように、448日(月~金)、東海教区小出望議長、宮本義弘伝道委員長(教団宣教研究所委員長)による東日本大震災被災教会訪問に、教団新報も同行した。

当時、東京ではガソリン事情はほぼ快復していた。だから出発できたのだが、被災地、特に福島県内では未だ深刻な不足状態にあった。出発前日、福島在住の知人に様子を尋ねると、朝3時に起きて3時間並び、やっと20リットル入れて貰えるとのこと。車社会の福島では、ガソリンなしには通勤もままならず、日常生活が困難になる。この時点で被災から20日以上、このような過酷な状況が続いていた。「福島県内では給油しないで」とまで言われた。

宮本師運転するハイブリッド車でも、この点が不安だった。満タンで出発したのは勿論、非常用に20ℓ缶を積んでいたが、現地での給油に、全く支障はなく、20ℓ缶も先々の教会で不要とされ、結局持ち帰った。1日で状況が変化すると聞いた通りだ。しかし、一方では、缶を幾つも積み込む車を見かけた。場所によるのだ。また、コンビニにはおにぎりが見当たらない。陳列棚の半分以上が空の所もあった。

45日を過ごすためには、自分自身の身の回り品が多く、ために救援物資を積む余地はあまりない。被災地に空手で出掛けることに、正直躊躇を覚えた。フットワークの点では非能率でも、宿は4泊とも被災地から遠く離れた所に取った。現地の物資を消費したくない思いからだ。

現地で消費することが経済復興に繋がるという考え方もあるが、それは時間的にもう少し先のことだ。次元が違う。朝夕の食事は宿で十分取れたが、昼は菓子パンなどで過ごし、一度は、宮本師持参の山歩き用器具で湯を沸かし、カップラーメンをいただいた。

空手と記したが、この訪問の目的は、奥羽・東北両教区に献金を届け、一つでも多くの被災教会を訪ね、共に祈ることにある。おこがましい言い方をすれば、み言葉と祈りとを持参したのだ。

18教会を訪ね、どこでも、小出議長が決まって詩編116編を朗読し祈った。祈りは旅程に差し障りが出る程に長くなってしまう。勿論、その前に、被災時の様子などを聞く、1時間以上も、堰を切ったように話が止まない人が多い。思いが一杯に詰まっているのだ。本当なら一晩中でも話し足りないのだろう。

通俗的な表現だが、御言葉と祈りとを持参したつもりが、持参したよりも多くのものをいただいて帰路につくこととなった。

以下に、前号からの諸教会訪問の続きを記す。

礼拝堂・牧師館倒壊の危険がある千厩教会を訪ねたところ、その建物内に柳沼赦羊子(やぎぬまさよこ)牧師と2人の子どもの姿。裏山に亀裂が入り牧師館は近隣に移転、当然、付設の学習塾も出来ない。退避勧告が出され、礼拝は信徒宅で守っているとの報告は後日聞いた。津波が襲った地からは遠く離れている内陸部の被害も大きい。

3日目、宮城県に入り、陸前古川教会に寄る。03年の宮城県北部地震による被災と会堂再建については、新報で何度か取材した。この度の被害は比較的軽微だが、元々地盤の弱い土地らしく液状化の兆候が見られ、余震続く中で今後に楽観は出来ない。

再び三陸海岸に接近。床下浸水した石巻栄光教会はは、被災直後から、ボランティアセンター、援助物資の基地として大いに用いられた。公的避難所の欠けを補うことが出来たことなど、小鮒實教師から詳しく聞いた。直ぐ隣の公的避難所では手足を伸ばすことさえ困難、学校に比べたらはるかに小さな教会が、何人かの高齢の方に、手足を伸ばして休む場所を提供できた。このことに特別象徴的な意味があるように思わされた。小さく無力に見える教会も、主に用いていただければ、大きなご用を果たすことが出来る。

石巻山城町教会は、牧師の交代期にあった。鈴木淳一・裵善姫(ペーソンヒ)教師夫妻は、出先で地震に遭遇、教会へと帰り道を急いだが、道が瓦礫や出水で塞がれ、辿り着くことができなかった。数日の避難所生活を経て接近できる場所を探し、腰まで海水に浸かりながら、漸く帰還したと聞く。

後任の東京神学大学新卒の関川祐一郎師着任後も、イースターまでは留まり、一緒に働くと言う。(…石巻の両教会については、前号1面参照)。

後述の磐城教会も、4月から上竹裕子教師が赴任した。他にも同様の例や、赴任出来ず待機という例がある。牧師交替期である3月に起きた異変だから、不思議には当たらないが、赴任教師も大変な苦労を負うことになる。

ここに詳細を記すことは憚られるが、被災した教師の中には、教会の行く末を考えると不安に脅える人もある。誰もこの教師を責めることは出来ない。むしろ、皆でこの重荷を担うことをしなくてはならない。

話は遡るが、前号に記した鹿島栄光教会の佐々木茂教師は、訪問した時に、田舎の小さい教会の灯火を守る仕事は、最後のご奉公として老牧師がなすべきという説を展開した。地方の小規模教会こそ、牧会に経験が要求される、また、年金が付き老後の最低の保障がある人がふさわしいとし、机の上の学びも続けなければならない若い人に、過重な労苦を押し付けるのは、悪い制度・慣習だと言い切った。一つの見解だと思う。

宮城野愛泉教会(國津信一・里咲教師)は、被害は殆どない。被災直後、近隣に大規模な一時避難所が設けられたが、やがて満員状態となり、あぶれて帰宅難民となった人々への炊き出しを行い、一時休憩所となった次第を聞いた。

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