【4719号】人ひととき 鎌川 文子さん

 

信仰の灯を点し続けよう

 

福島で生まれ、姉と共に教会学校に通い、受洗した。1966年、獣医師である夫の赴任に伴い、夫の郷里である三宅島に移る。

夫の両親が保阪松太郎牧師と親しく、その縁で教会生活を送ることとなった。67人で守られていた伝道所だったが、若い母親のための会には15人も集まるなど、活動は盛んだった。

しかし次第に信徒が高齢化し、礼拝に来られなくなっていった。「保阪牧師も本当に貧しくて、私も今なら一人くらい支えられるのですけれど、当時は若くて、子どもも小さくて、力になれなかったんです」と語る。

保阪牧師が隠退、無牧となった。会堂も老朽化、’83年の噴火以前に集会は個人の家庭を転々とする状態が続いていた。鎌川さんも民宿だった自宅を積極的に開放した。この頃のことを「放浪の時代」と呼ぶ。本土から訪れたキリスト者や、東支区からの牧師・信徒と交わりを持ったこともあった。放浪の時は2000年まで続いたという。

2000年の全島避難の後、05年にただ一人帰島した信徒として伝道所の通信先を引き受けることとなった。「できることはしよう」と思ったという。日頃の信仰生活が結びつけてくれた奉仕だと感じている。教会と連絡がつくことがどれだけ大切か、噴火の度に、様々なものを失ってきた中で、祈り合うことの大切さ、一緒に神様の話ができることの喜び、集まれる場の必要性を感じてのことだった。「当たり前のことだと思いました。奉仕を煩わしいと思ったことはありません」そう語る。

そのような鎌川さんを神様は孤独にはしておかれなかった。避難中に受洗した赤羽さんと教会を支えることとなる。「一人じゃないですから。島に来た信仰者は、集会があると駆けつけてくれます。外からの助けがあります」。現在、7?10名の集会を守っている。

「三宅島に百年前から灯が点っていることの不思議を感じます」。その灯を守り続けるために鎌川さんは奉仕し続けている。

 

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