佐野 正子
(東京女子大学現代教養学部教授)
東京女子大学(Tokyo Woman's Christian University)は、日本で最初のキリスト教主義の女子高等教育機関のひとつとして、1918年に創立され、2018年に創立100周年を迎えました。開学当時の日本の教育制度では、大学の門戸は女子に対して閉ざされていましたが、本学はあえて「大学」と名乗り大学に相当する課程を設け、キリスト教の精神に基づく最高のリベラル・アーツ教育を目指しました。女子にも高等教育をという新しい時代を切り拓くための挑戦であったと言えます。
創立当初の英語名は“Woman's Christian College of Japan” でしたが、第二次世界大戦後に“Tokyo Woman's Christian College”とし、1976年に現在の英語名となりました。本学の英語名は、一人ひとりを大切にするというところから、創立以来“woman”と単数で表しています。
本大学の創立の起源は、1910年6月に英国のエディンバラで開かれた世界宣教大会(The World Miss-ionary Conference)にさかのぼります。教派を超えて一致協力して世界宣教に当たろうというエキュメニカルな高まりの中で開催されたこの大会において、「東洋にキリスト教主義に基づく高等教育機関を設置する」との提案が採択されました。その翌年大会の教育委員会アメリカ部代表者であったジョン・F・ガウチャー博士が来日し、各教派の宣教師や日本の代表的なキリスト教教育者たちとキリスト教主義の大学の設立の可能性について協議を重ねました。その結果1912年12月、日本に女子の高等教育機関をつくるための促進委員会が米国で設けられ、促進委員会は日本で女学校を営むプロテスタント諸教派に協力を仰ぎ、女学校の上にあった専攻科あるいは高等科を一つところに合同させ、女子の高等教育を各学校が個々に目指すのではなく、女子大学へと一本化することになりました。
本学の設立の主体となった6つの伝道社団は、⑴アメリカ・バプテスト教会、⑵基督教会(ディサイプルス)、⑶カナダ・メソジスト教会、⑷メソジスト監督教会、⑸アメリカ・長老教会、⑹アメリカ・改革派教会です。創立当初の理事会は6つのミッションスクールの代表の宣教師10名と日本人キリスト者5名で構成され、本学の創立は教派を超えて国内外のキリスト者たちが協力し祈りを共にした結実でありました。
初代学長の新渡戸稲造、学監の安井てつ、常務理事のA・K・ライシャワーは、東京女子大学の礎を築いた3人です。
新渡戸稲造は、札幌農学校教授、第一高等学校校長、東京帝国大学教授を歴任後、本学の初代学長に就任、その後、国際連盟事務次長を務めた国際人です。第1回卒業式の祝辞の中で、学長として本学の教育の目指すべき事柄を次のように語っています。「本校においてはキリスト教の精神に基づいて、個性を重んじ、世のいわゆる最小者(いとちいさきもの)をも神の子と見なして、知識よりも見識、学問よりも人格を尊び、人材よりも人物の養成を主としたものであります」。有用性ばかりを重視して人材養成に重きを置く現代の風潮に対して、「人格を尊び」、「人物の養成を目指す」と言う新渡戸学長の言葉は、時代を超えて私たちに訴えかけています。
新渡戸学長のもと学監を務めた安井てつは、1923年に第2代学長となり、国家主義が高まり、日中戦争、第二次世界大戦に至る暗黒の時代に、キリスト教高等教育機関としての本学を守り抜きました。
A・K・ライシャワーは、明治学院高等学部長を務めるかたわら本学の設立に参画し、設立代表者・常務理事として、創立期の困難な財政を支えました。
本学は、キリスト教大学として立ち続けるためには、大学の礼拝こそがその要であるとして、第二次世界大戦の苦難の中でも礼拝を途切れることなく守ってきました。1938年に建てられたアントニン・レーモンド氏の設計による白いチャペルは、本館や講堂と共に黒く塗られ戦争中の被災から免れました。正門から入ってすぐ右側のチャペルの白い尖塔は今も大学のシンボルです。
日々の礼拝は、月曜日から金曜日までの毎朝1限と2限の間の10時半から10時50分まで行われ、毎日100名前後の学生が集っています。チャペル正面と左右両側を囲んでいるステンドグラスから朝の清々しい光が差し込み、パイプオルガンの美しい調べを聴き、賛美し、聖書のみ言葉と説教に耳を傾け、神様と向き合い、心静かに自分を見つめる中で、学生たちは確実に何かを感じ取っています。本学の建学の精神は、「キリスト教の精神をもって、人格形成の基礎とする」というものです。礼拝こそ学生たちの人格形成の基礎となっていると確信しています。
少人数教育により学生一人ひとりを大切に育て、キリスト教に基づく人格教育を行うという教育理念を、本学は創立以来100年間大切にしてきました。創設者たちの志を私たちも受け継ぎ、どんなに社会のニーズが変わろうとも、変わらない「すべて真実なこと」(QUAECUNQUE SUNT VERA。本学の標語、フィリピの信徒への手紙4章8節。本館正面壁にラテン語で刻まれています)を心に留めて、これからの100年に向けて歩みを進めてまいりたいと思います。
(Kyodan Newsletterより)