【4710・11号】牧師のパートナー

最後の言葉 瀧山 勝子(福島新町教会牧師)

私は神学校を卒業し、3年間母教会で仕え、その後、浦和別所教会に遣わされた。女性教師としての大変さを思い、良きパートナーが与えられるようにと祈っていた。すると、神学校の時2学年下だった夫が与えられた。神学校では「型破りな人」と見られていた夫と「真面目な」私の結婚は、周囲を驚かせた。そして何より自分自身が驚いた。しかし、約24年の結婚生活を振り返ると、夫の寛容さに私は何度となく助けられたと思う。夫は私にとって本当にかけがえのないベストパートナーだった。お互い「神様が与えてくださった」という強い確信は生涯揺らぐことはなかった。

 初めの任地で3年、そして今の福島新町教会では、夫と22年共に牧会伝道をさせていただいた。講壇で説教をするのは専ら夫の役割で、私は夫を支える側として、教会学校、訪問、文書伝道に励んできた。時に役員会で「勝子先生にも説教を」という声があったが、夫は「私がやります」と、最後まで語り続けた。本当に話すことが好きだった。中高生や青年会の人たちともよく話していた。

 牧会のこと、家庭のこと、子供のこと、たまにはぶつかることもあったがその都度、夫婦で語り合い、共に祈ってきた。

 夫は、29年間の牧会伝道を終え主のもとに帰った。

 次女の大学の卒業式に出席し、帰りの新幹線の中で、娘の学位記を出しては眺め、「良かったね。これで2人とも大学を卒業できたね」と喜んでいた。福島駅に着いて「遅くなったから、何か美味しい物を買って帰ろう」ということになり、デパートに立ち寄った。そして、私が注文していたまさにその時、突然夫が倒れた。すぐに救急車で運ばれたが、そのまま息を吹きかえすことはなかった。1年前の検診で、心電図に少し異常があったものの、まさかこのように召されるとは…。

 以前、私がガンの手術をしたときのことを思い出す。側で看病をしてくれた夫に「あなたがもしものことで入院したら、今度は私が看病するからね」と言うと、夫は「いや、僕はさっと天国に行きたいね」と言って笑っていた。その言葉通り、本当に急に逝ってしまった。

 召されて4日目が、イースターの礼拝であった。夫が遺した説教題は「よみがえりの主」。そのままの題で私が講壇に立った。

 夫の突然の死はなかなか受け入れられなかった。頭ばかりが冴えて、眠れない日が続いた。このままおかしくなってしまうのではないかと思った。しかし次々と礼拝の御用、祈祷会、更に召された方々の葬儀が続いた。

 「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」(ヨハネ137節)。この御言葉にすがりつき、めまぐるしい日々に追われてきた。福島新町教会の方々を始め、多くの友の祈りに支えられ、何とか今日まで御用を続けさせていただいている。

 夫は折にふれ、次の御言葉を繰り返していた。「そして今、神とその恵みの言葉とにあなたがたをゆだねます」(使徒2032節)。「祈るしかないね。祈っていこう。」私に対しての最後の言葉だったように思う。一人で牧会をしている今、問題にぶつかったときは、この言葉を思い出し祈っている。

 毎週主の恵みを宣べ伝える幸いを覚えつつ、残された日々、夫の分まで伝道ができればと願っている。

 

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