【4897・98号】宣教師からの声

日本初期における宣教師の働き

~仙台神学校(東北学院大学の前身)を設立した米国ドイツ改革派教会の宣教師たち~

野村 信

(東北学院大学宗教部長・文学部教授)

 鎖国とキリスト教禁令政策によって2世紀半に亘り日本を統治した徳川幕府の時代は、ペリー総督の率いるアメリカの軍艦の来日によって終わりを告げた。新たに登場した明治政府が1873年にキリスト教禁令の高札を撤廃すると、米国を中心とした国々からの宣教師たちが日本各地で公に福音伝道を開始した。各地にできた伝道の拠点には、志のある日本の若者たちが集まった。

 その中でも、早くから外国と交渉が行われた横浜は、後に横浜バンドと呼ばれる主要な伝道拠点が出来、ここに押川方義という松山藩出身の英学を志す若者がいた。彼は22才で洗礼を受けてキリスト者となり、伝道者を志し、まだ伝道が手薄な東北地方へ向かい、仙台を中心に布教活動を開始した。

 一方、次々と来日する宣教師たちの中でも、米国のドイツ改革派教会から派遣された宣教師W・E・ホーイは、キリスト教伝道と学校設立を目的として仙台に赴き、押川と共に1886年に牧師を養成する仙台神学校を設立した。同年、女子教育にも着手し、宮城女学校(現宮城学院)を設立した。

 

 ここでW・E・ホーイについて触れておこう。米国ペンシルベニア州で1858年に生まれ、フランクリン・アンド・マーシャル大学を、続いてランカスター神学校を卒業して宣教師を志し、1885年にドイツ改革派教会より日本に派遣される。来日して翌年には、押川と共同で仙台神学校を設立し、続いて同教会から D・ B・シュネーダーが来日して3人体制となり、仙台神学校と宮城女学校の教育をさらに強力に推し進めた。

 ホーイは、広範な伝道活動を続け、1893年には隔月号の英文誌『Japan Evangelist』を創刊した。1898年に喘息の療養のために中国の上海へ行ったことがきっかけとなり、1900年に日本での活動を辞して、中国伝道へ赴いた。清国の湖南地方で25年間活動し、神学校、青年教育の向上、教会設立、医療活動事業とめざましい働きをなした。しかし、1927年の中国内部の動乱から避難して帰国する船上で、宣教に生涯を捧げた69年間の幕を閉じた。

 

 さて、仙台神学校は、押川を院長とし、ホーイを副院長として、6名の学生で出発したが、翌年シュネーダーが加わり、徐々に学生数を増やし、6年後の1891年には「東北学院」と改称し、神学部以外にも、中等部、高等部を設置し、次々と教育制度を整え、学校体制を整えた。同年には南町通りに、「赤レンガ校舎」と親しまれる洋風の煉瓦造りの校舎が完成した。内部には、ドイツ改革派教会の外国伝道局財務R・ケルカーの名に因む図書室も設けられた。後に詩人・文学者として著名になる島崎藤村が作文の教師として赴任したのもこの頃である。

 押川は伝道活動を広げ、各地へと赴き、1891年に院長を辞して、シュネーダーに学校教育を託した。シュネーダーが第2代院長として就任し、さらに、ホーイが1900年に中国伝道へ向かうと、シュネーダーは、さらに35年間東北学院に在職し、東北学院を私塾的な教育機関からキリスト教主義教育機関に育て上げた。今日では12,000人の学生を有する幼児教育から大学院教育まで行う、私立では、東北随一の学生数をもつキリスト教学校となっている。

 

 D・B・シュネーダーの生涯についても触れておこう。シュネーダーは、ホーイよりも1年早くペンシルベニア州に生まれ、教育も同じく、フランクリン・アンド・マーシャル大学を、続いてランカスター神学校を卒業したが、4年間牧師として働いた後、妻と共に宣教師として日本に赴いた。1887年に来仙し、前年に開校した仙台神学校の教育に押川、ホーイらと携わった。シュネーダーは、2人が去った後に、幾多の試練を克服し、東北学院の発展に尽力した。

 その中でも最大の試練は、新校舎や寄宿舎が完成した後、1919年に起きた仙台大火であった。仙台は空前の大火に襲われ、東北学院の諸施設も焼失し、すべての努力が消え去るほどの悲嘆の中に置かれたが、シュネーダー院長は、自ら先頭に立って再建に奔走した。その結果、学内外の広い募金活動を得て、3年後の1922(大正11)年には新校舎が完成した。正面には「LIFE LIGHT LOVE」の3語が刻まれ、これは3L精神と呼ばれ、その後の学院の建学の精神として親しまれることになった。

 シュネーダー夫妻は、滞日50年の間に7回帰米し、日米間の国際親善、および学院の教育施設拡充のための資金募集に尽力した。さらに院長は、学院のキリスト教教育のために学校教会設立の必要を痛感していたが、ラーハウザー女史から得た5万ドルの献金を基に、南六軒丁に礼拝堂を建設した。

 この礼拝堂は、2011年の東日本大震災にも耐え、今日もラーハウザー記念礼拝堂として毎日の大学礼拝で用いられている。
(Kyodan Newsletterより)

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