【4702号】教区総会を終えて 内藤留幸

 

428日~29日の四国教区をかわきりに始まった2010年の各教区総会が626日の神奈川教区総会をもって終了した。今年の各教区総会をふりかえって見えてきたいくつかのことについて記してみたい。

①先ず、第37回教団総会議員が選出され、10月末の教団総会の準備が始まった。ただし沖縄教区は今回も教団総会議員を選出しなかった。それなりの言い分があるのであろうが、厳密に言えばこのことは教規第1条違反であり、非常に残念なことである。また、今回も教団問安使を拒否した教区が二つあり、それは京都教区と沖縄教区であった。教憲6条によれば教区は教団がその教会的機能および教務を遂行するために置いたものであって、教区総会は教団と教区との対話のよい機会として活かしていくべき場である。それを一方的に破棄するのは謹んで欲しい。日本基督教団は主キリストのからだとしての秩序をもつ制度的教会である。そのことを誠実に受け止め、信仰告白と教憲・教規を守りつつ自由に、また堂々と議論をしていってほしいと切望する。

②各教区に共通してみられた教勢の低迷と、それに伴う教会財政の悪化は深刻である。それは地方の過疎化、経済不況など、現代の社会的構造による外的理由も確かに大きいが、なんといっても教団教会の伝道力の衰退によるのではないかと、鋭く反省を迫られる思いである。「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です」(Ⅰコリント118)という確信が失われつつあることにその原因の一つがあるのではないかと思える。

それに加えて独特な聖餐理解から未受洗者配餐を主張するために、敢えて洗礼を受けなくても聖餐にあずかれるなら洗礼は不要だとの考えが拡がり始め、それが受洗者数の激減の要因となっている点も否定し難い。心痛むことである。

③聖餐理解の違いとそこから派生した戒規問題で教団は割れている観がある。もともと教団スタート当時、特に教憲・教規が整えられ、そして教団信仰告白が制定された頃は教団の基本的教理については一致していたといってよい。多少解釈に幅があったとしても度外れた解釈は許されなかった。聖餐はそうした大切な教理の基本条項であり、各個教会の考えや都合によってどうにでも解釈できるといったことではない。このことは教団に属している以上厳粛に受け止めて欲しい。

④各教区総会で按手礼式や准允式を執行した教区があった。また、教会設立承認の件が可決された教区もあった。多くの議員たちに祝福された情景を見て、教団の将来に生ける主は明るい光を差し込んで下さっていることを実感して希望を与えられ、大いに励まされた。

伝道の困難は今に始まったことではない。ある意味ではキリスト教会史は困難な伝道の歴史そのものといっても決して過言ではない。皆で祈りつつ教団の伝道の将来に望みを抱きつつ協力を深めていきたいと思うや切。

(教団総幹事)

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