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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan

【4700号】牧師のパートナー

2010年6月19日

 

一緒に伝道していってほしい 矢吹真理子(本所緑星教会員)

 

「あなたがたが私を選んだのではない。私があなたがたを選んだのである。そして、あなたがたを立てた。それは、あなたがたが行って実を結び、その実がいつまでも残るためである。」

これは28年前、結婚に導かれた時に与えられた御言葉です。彼は私に「一緒に伝道していってほしい」と言い、私も同労者の意識を持ってこの年月を過ごしてきました。もし、あの時彼が「黙って俺について来い」と言ったなら今、私はこの文章を書いていなかったでしょう。「一緒に」が私にとっては、牧師の連れ合いとして過ごす日々のキーワードになっています。

私の父は牧師だったので、私は教会の中で育ちました。この環境の中でなければ私はイエス・キリストに出会うことは無かったように思いますし、また、今同じ環境におかれているということは、私に礼拝を中心とした生活を送らせるために神さまが備えてくださった恵みに他ならないと思い感謝しています。

教会で育つ中で、教会に導かれた人が神さまに出会い、変えられていくさまを目の当たりにすることがありました。それは信仰の力を否応無く見せ付けられることでもありました。

私の夫は、よく「人が人を変えることはできない。人を変えることができるのは神さまだけだ」と言います。そのとおり! そしてその出来事を身近に見ることのできるのが、牧師の傍にいる醍醐味であろうと思うのです。

結婚して27年の間に2つの教会で奉仕し、今、3つ目の教会で7年目を過ごしています。最初から夫が「牧師の妻は一信徒として」と教会の方に話してくれましたので、教会学校以外では「先生」と呼ばれることなく、妙な重圧を感じないで来ることができました。

「牧師夫人」という呼び方に「職業的」臭いを感じるのは私だけでしょうか。せめて教会の中では、「○○さんの奥さん」とか「○○ちゃんのお母さん」といった呼ばれ方でなく、名前で呼んでいただいて、「神さまに愛されている私」を感じていたいのです。教会の出来事に関わり、夫と共に歩んでいくこと、それが牧師の連れ合いとして教会におかれている私の最大の望みです。

数年前から私は、かつての経験を活かして、社会福祉法人の保育園でパートで働いています。牧師の連れ合いが仕事を持つことの賛否はあるとしても、経済的な面だけでなく、自身のバランスを保つために、随分助けられていると思います。

突拍子もないアイディアを繰り出す夫に、すかさず「却下!」とツッコミを入れる私。そのやり取りを見た人が私たちの仲を疑ったという逸話もあるのですが、そこは20数年のキャリアを持つ私たち。前に進むためにはアクセルばかり踏むのでなく、適度なブレーキをかけて両輪がバランスよく進んでいくようにすることも必要なのです。

人にはそれぞれに与えられた「分」があると思いますが、神さまから私に与えられた「分」を探りながら、冒頭に書いた御言葉の実現に向けて二人三脚の歩みを続けていきたいものです。

 

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